※結核沖田




長い睫が、揺れることなく閉ざされている。
目に痛いほど白い蒲団の中で身体を倒す男の傍で神楽は膝を抱えてじっと息を潜めていた。
日の光を嫌がるようになった彼の為に引かれた障子は今日も確りと閉められている。
薄暗くてその中に白が浮く。
少しでも身じろげばそれは音となって存在を表すこの静か過ぎる空間の中で、どれだけの不安を少女は一人で抱えてきたのだろう。
今更知りたいとも、もう思わなかった。




哀しみの範疇



眠っている総悟の傍らに居座るようになったのはいつからか。
真白い蒲団の中に埋もれた彼の身体が日に日に弱っていくのを神楽はなんとなく感じていた。
死に近づく生き物の命をみたのは、今日が初めてじゃない。
元々白かった彼の肌は、さらに病的な白さを増していく。
それがまるで死に化粧をしているようで。
神楽はそんな総悟の顔を見るのが酷く嫌だった。
そして経つ日が彼の命を削っていくように。
総悟はよく眠るようになった。
起きているのがしんどいだろうことは、言わずともわかる。
最近では神楽がこうして訪れて彼の部屋に足を踏み入れても、起きることはない。
眠りがよほど深いのか。
目を硬く閉ざし、微動だにしない彼を見ていれば、そのまま帰ってこない気がして少女は不意に凍えた手を伸ばす。
息遣いがはっきりと聞こえない。
小さな手はゆっくりと、恐る恐る総悟の頬に触れた。
柔らかい肌から指先に、灯が燈るように温もりが伝わった。
内心そっと神楽はため息をつく。
まだ、生きていた。
それと同時に胸の奥に氷の刃がつきたてられる感触がした。
思わず顔を歪める。
いつまで自分は、こんなぎりぎりの境を行き来しなければならないのだろう。
そんな些細な空気の負の振動を感じてか、総悟の目がゆっくりと開いた。
真っ暗な夢から醒めた真っ暗な現実。
そこにあったのは、神楽の顔だった。

「あ、起きた」

総悟の頬に手は当てたまま、神楽の口がそう動く。

「起きた、じゃねぇよ。起こしたんだろうが」

冷たすぎる手。
哀しすぎる手。
総悟は蒲団の中にしまわれていた自身の手で少女の手をぎゅっと握った。
総悟の身体は、いつも温かい。
病の為に熱を持っているのか、戸外の寒さに晒されないからかは知らない。
どちらにせよ、知りたくもない。
氷のように冷たい神楽の手を温めるように何度も何度も握り締めた。

「死人みてェに冷たい手してんなァ」

苦笑した総悟の声は、少ししゃがれていた。
例の病のせいだろうか。
止むことのない堰が彼の喉を傷つけているのかもしれない。

「お前の息が聞こえなくなった気がしたから、もしかしたら死んだのかと思ったアル」

そう一息に何一つ表情かえることなく少女が言った。
強がった娘の指先が若干震えていることに総悟は気付かぬふりをした。
自分はいつだって、気付かぬふりは得意だ。
それは単に知ることが怖いだけ。
軽く咳払いをして、総悟が身を起こした。
握り締めた神楽の手は握ったままで。
出来ることなら一生離したくはないなんて、幼稚な我儘だ。

「ねぇ」

珍しく今日は自分の右手の自由を総悟に奪われていることに文句は垂れず、神楽が彼を覗き込んだ。
本来蒼いはずの瞳は、この薄暗がりの中じゃただの黒でしかない。

「苦しいアルか」

果たしてそれは何がだろう。
身体か、心か。
曖昧に首を振って、総悟が苦笑する。

「今は苦しくねぇや」
「じゃあ、いつが苦しいアルか」

何気ない神楽の問いは止まない。

「そうさなァ」

苦しいのは、いつだって。
少女の顔を見たとき。
少女の存在を感じたとき。
少女の傍に居たいと思ったとき。
数えればきりはない。
そんなこと、きっと死んでも言えやしない。
墓場まで持ち去らなければならない感情だ。

「発作が出たとき」

だから無難な言葉に総悟は声を託した。

「その発作はいつ出るアルか」
「いつ出るかわからねぇから発作ってんでィ」

そういいながら総悟が咳払いをする。
軽いものだったのだけれど、いつだってこの行為が神楽を不安にさせて止まない。
堰がいつか深くなり、蹲るように彼が身体を丸めると、怖くて仕方なくなるのだ。
赤い血が鮮明に脳裏に焼きついているのに、平気だと自分自身に言い聞かせた。

「じゃあお前が苦しく無くなるまで、傍に居てやるネ」

そんな子供染みたことを、彼女は真剣に言う。
そして真剣なまなざしを向ける。

「苦しく無くなるまでって、そりゃ俺が死ぬときじゃねぇかィ」

肩を竦めて総悟がおどけた。

「それならお前が死ぬまで、傍に居てやるネ」

真剣な癖にそう言った神楽の顔は今にも泣き出しそうだった。
総悟は困ったように笑って見せた。
この気持ちをなんと呼べばいいのかわからない。
嬉しいのか、怖いのか。
ただ、死ぬまで治らないこの病は神楽が傍にいることを誓ってくれる。
なんて哀しすぎる誓い。
けれどそれに縋る自分はもっと哀しい存在であることに相違ない。
一向に熱を持たない神楽の手が、もぞもぞと動いてきゅっと総悟の大きな手を握った。
離したくない、この哀しすぎる手を。
私が離さなければいつまでもいつまでも彼は生き続ける気がした。
あの頃のように、喧嘩をして、すれ違って、それでも互いに求め合って。
そんな永遠なんてもう望まない。
だからせめて確実な明日を歩ませてください。

END.

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