まだ冬の寒さが抜けきらない頃。 広く、蒼い海が何処となく、泣き出しそうにも見えた。 海と空は同じ色をしているのに、決して交わることはない。 そんなもどかしさはよく知っていた。 海の漣が鳴り止むことはない。 砂を攫い、砂を濡らし。 ひっそりと静まり返った海辺に、サクラの淡紅色はよく目立つ。 波打ち際で遊ぶ彼女から少し離れたところで、サスケは空と海の境界線を探していた。 夏は煌く太陽を水面がまるで鏡のように映し出すから海と空は全く別物だと思い知らされるのに、太陽が照らない海なんてまるで色を失って、いっそのこと空と同化したいのに、その願いが叶うことはない。 その為か冬の海は、酷く哀しい。 「サスケくん」 そんなことを考えていると、サクラがこちらへ駆けて来た。 マフラーに顔を埋め、鼻を赤く染めて、いつものように笑う。 「どうかしたのか」 「雪が降ってきたわ」 嬉しそうにサクラは人差し指を一本立てて、空を示した。 気付かなかった。 確かに、白い結晶が薄暗く淀んだこの世界にちらちらと舞い降りてきていた。 どうりで、寒いはずだ。 「帰るぞ」 急に凍った首を竦めて、サスケが言った。 こんなところにいて、風邪でも引いたら笑いものだ。 冬の海なんてあんまり来たいようなところじゃない。 「あ、ちょっと待って。向こうで綺麗な貝殻拾ったの」 きゅっとサスケの腕に己の腕を絡ませた温もりが、すっと遠ざかる。 サクラのブーツが砂を蹴って、海へと戻っていった。 海へ行きたいと言い出したのはサクラだった。 最近何処へ出かけることもなくなって、久しぶりに二人揃って時間が取れた今日。 海にいこうとサクラが言い出した。 貝殻がほしくなったのだと、そんな子供みたいなことを口にして。 波打ち際でサクラはなにやら拾ったといった貝を探しているようだ。 ふとしゃがみこんで、両手に一杯白いものを抱えてきた。 マフラーを揺らしながら、まっすぐにサスケのほうに駆け寄ってくる。 浅紅の彼女の頭には、貝殻ではない白い六つ花がちらほらと付いていた。 サスケの指先がすっと伸びた。 訝しげにサクラが首を傾げたので、 「雪。頭についてる」 どうやら取ってくれるらしい。 大人しくサスケの行動に従って、サクラが微笑んだ。 雪は次から次へと降り積もってきた。 一度振り払っただけじゃ、間に合わない。 白がやがて淡紅色と交じり合うように彼女の上に舞い降りる。 じっと目を閉ざして、頭についた雪を振り払われるのを待っているサクラを見ていると、なんだかやけに可愛くてサスケは暫く目の前の少女を眺めていた。 サスケの手がゆっくりとサクラの頭を包み込む。 その仕種に、サクラはびくっと揺れた。 一瞬心臓が大きく跳ねる。 なんだか気恥ずかしくて、徐々に高鳴る鼓動と共に頬が紅潮していくのが自分でもわかった。 「ま、まだ?」 だから紛らわすようにサクラが尋ねる。 「まだ」 それを受けてサスケが即答した。 そして手で包み込んだ小さなサクラの頭をこつんと己の胸に抱き寄せる。 こうしてみると本当に華奢な身体だ。 冬の哀しさには決して交えたくないと思う存在。 サスケは自分の腕の中でサクラが硬直していることに気付いていた。 何だ。 いつも甘えてくるのは彼女からなのに、どうやら受身は慣れないらしい。 耳まで真っ赤にしてサスケの腕で縮こまるサクラは何て無防備なのだろう。 このまま少しでも彼が力を入れてしまえば、壊れてしまいそうだ。 「サ、サスケ君…」 とうとう恥ずかしさに耐えられなくなってか、小さな声がサスケの耳に届いた。 「まだだ」 きゅっとサスケはその身体を抱きすくめた。 雪はどんどん彼らの上に降り積もる。 当たり前にサクラは柔らかい。 抱きしめた温もりと優しい香が暖かくて。 サスケは募るばかりの愛おしさを必死に押さえ込んでいた。 どうか彼女だけは、冬の哀しさに埋もれてしまわないように。 END. |