※キバ+サスサク



あの頃からそうだ。
サクラが訪ねてくるときは決まって、その小さな背中に大きな何かを背負っているとき。

「また、サスケか」
「え」

優しい手つきで赤丸の頭を撫でていた仕種が、固まった。
翡翠色の大きな瞳が疑問を帯びてこちらに向けられる。

「何か、あったろ」
「どして」

その場を凌ぐような笑みでサクラが肩をすくめた。

――そうやって。まさか、と強がるように示すのもいつものことだろう。

「お前がそうやって赤丸撫でる時はそうなんだよ」

決してそう広くはない部屋で、キバはベッドの上に腰を下ろした。
そのすぐ足元で、申し訳なさそうにサクラは座っていて。
細く頼りない膝いっぱいに赤丸が身体を丸めていた。

「すごいね、キバは」

やがてサクラは困ったように笑った。
静かに響くその声にはやはり自分なんて存在してなくて。
その表情も、声も全ては別の誰かの為にあるなんて考えたくもなかった。

「サスケに、何か言われたのか」

キバの問いに曖昧な返事をして俯いたサクラは、やがて小さく口を動かした。

「プロポーズ、されちゃった…」

言葉の意味を認識するのに、約三秒。
サクラの言葉の余韻をのこすこともなく、沈黙が顔を覗かせる。

「は?」

やがて聞こえたのは、間の抜けた貴方らしい声。

「お前プロポーズされて、落ち込んでんのか」

嘘だろう。
あんなに、いつもサスケの背中ばっかり追いかけてたお前が。

「だって、」

少しでも風が音を奏でれば消されてしまいそうな小さな声音。

「私、サスケ君の為に何ひとつしてあげられないんだよ?」
「そんなん考え込む必要ねぇだろ」

呆れたような声の抑揚だけれども決して貴方は言葉を投げやりには言わない。
丁寧に、一句一句をちゃんと考えてくれる。

「サスケが一緒にいてほしいって思ってるんだったらいいじゃねぇか。お前がサスケに何かできなくて問題あるんだったら最初からサスケもプロポーズなんてしてこねぇよ」
「今は、いいかもしれないよ」

泣きそうに顔を歪めてサクラは背もたれにしているベッドで胡坐をかいていた彼を振り返った。

「サスケ君も今のままでいいって言ってくれたわ。でも私は平凡なただのくノ一よ。うちはの血を継ぐのに私じゃ力不足なの」

――何をそんなに悩むことがあるんだか。

素直に、気持ちに従えばいいだけなのに。
キバはベッドから降りてサクラの隣に座りなおした。
いつの間にか彼女の膝で寝息を立てていた赤丸を抱き上げて、呆れたように笑った。

「ったく女って現実的だよなぁ」

半開きになった窓からは、風と共に何かを運んできているようだった。

――彼女への勇気か、俺への妥協か。

「男の方がよっぽど夢見てるな」

何かの匂いに誘われて、ふわふわと安定感なく外を舞っていた一匹の蝶々がこの狭い部屋の中に紛れ込んできた。
真白の、他には何も色を染め付けていない翅は何処にとどまることもなくひらひらと自由自在に飛び回る。

「何も心配はいらねぇよ。サスケを、信じてやれ」

そこら中、何処へでも溢れかえっているかのような台詞を貴方はいつも容易く自分のものにした。
貴方の言葉だけで、操られるように前へ進めるのは多分それがあったから。
私にくれた言葉を宝物としていつまでも私は胸に抱いている。
何かあったとき此処へ足が来てしまうのも貴方に貴方だけの言葉を貰いたかったから。
エゴイズムだと笑われてもいい。
貴方の前だけは、何も隠さないでいられるありのままの私だった。


やがて蝶は休憩するかのように、いやサクラを迎えにきたかのように薄紅色の髪に惹かれた。
そこで翅を降ろしたのは、何もかもが精一杯の彼女を飾ってくれるため。
サクラが此処へ来てくれた最後の時間を、綺麗に終わらせてくれるため。
独りよがりだと思う。
でも今だけはそう願わせてほしい。

「ストップ」

視界から白い蝶々が消えて、何処へ行ったのかとあたりを探そうとしたサクラの頭がキバの言葉でぴたりと止まった。

「サクラの頭」
「え?」

指を指されて思わず手を伸ばしかけた。
そのとき。

「動くなって」

あの頃よりも、うんと大きくなっていたキバの掌が華奢なサクラの腕をつかんだ。
力は入れていないのに、折れてしまいそうなこの不安はなんなのだろう。

「綺麗だから」

偽りなく告げるのは、心のそこからそう思うから。
笑うのも、泣くのも、怒るのも、落ち込むのも、何もかも一生懸命なお前に捧げる最後の言葉。
サクラもそれをわかっていたから最後の笑顔を無理やり作った。

「ありがとう」

淡紅色と純白が調和すると、こんなにも綺麗な笑顔を描いてくれるのか。

前へ、進める希望をくれた。
止まって、泣ける勇気もくれた。
気がつけば後ろには貴方がいつも居てくれたから、私は安心して道を引き返すこともできた。

ねぇ、もしかしたら私。本当は貴方のこと少しだけ好きだったのかもしれない。



END.


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