※シカ+サク←サスのような。 日差しが突き刺す日中。 蝉の五月蠅いこの道を、震える手で束とは呼べないくらい数本の花を握り締めて思いっきり走った。 太陽が西に傾く夕方。 三つの影がゆっくりと歩きながら帰路に着く。 手にはまだ、花の香がかすかに残っていた。 twilight いのが私を庇って重症を負ったのはおとといの話。 二日後の今朝、彼女の意識が戻ったと病院から連絡を貰った。 もうすっかり紅に染まった病棟を出てから、一言も口は動かなかった。 いや、聞けなかったといったほうが妥当だろうか。 ただ彼女が無事であったということの安堵と、共に襲った恐怖で脳内が混乱を起こしたからだと思っていたけれど。 らしくないこんな顔を、誰にも気付かれたくないと願った気持ちが膨大に膨れ上がるのを感じた。 「サクラ」 サスケ君にこうして気を遣わせているのは、他でもない私で。 目の前を行く二つの足音がぴたりと止まった。 一定の距離を保ちながら歩いていたため、おのずとサクラの足も速度を無くす。 「大丈夫か」 優しい言葉、だったはず。 それなのに辛くなってしまうのは、利己的な象徴。 その台詞、伝える相手を間違っている。 「うん」 うつむいていた視線を平行に合わせるだけでも精一杯だった。 十分すぎるほど、彼は親切で。 そんな気遣いなんて、私なんかには勿体無いくらい。 「大丈夫よ」 嘘に溺れた笑顔で、あの人まで騙せるとおもったのは私の思い込み。 「そうか」 それならいいと息をついたサスケの向こうでシカマルは沈黙を守り続けていた。 再び小道の砂利を蹴ったのはサスケだった。 後に続くようにシカマルの足音が重なって。 「……」 私の足は、その音色に交わろうとはしなかった。 地面を見つめたまま、じわりとにじんだ涙を堪え唇をかみ締める。 昼間見た、いのの笑顔が脳裏に駆けた。 握り締めた拳には爪が食い込んだが痛みなんて、もう感じない。 「サスケ」 声がしたのは、案外近く。 「サクラは俺が送ってくからお前はもう帰れ」 少女と同じくらい長い間、口を開かなかったシカマルの第一声。 ――え。 サクラ以上に驚いたのは突然呼び止められた彼。 思い切り眉を寄せたのも予想内のうちだった。 「お前じゃ逆方面だろ。俺が送ってく」 「いいから」 なだめる、というよりはずっと強気な口調が何を表すのかなんて。 サスケに目配せをした。 サクラのことをまるで見透かすかのような言い方が少し癪に障ったが、それでも彼は自分よりは遥かにサクラを知っているのは事実。 何かを言ってやりたかったが、結局口にできず無一文に結ぶだけ。 「わかった」 浮き上がる焦燥感を無理やり捻じ込めてため息と共に吐き出した。 サスケの後姿をまるで夕闇が飲み込むように、影が薄れ行くのを見届けてからシカマルはやおらサクラに向き直った。 「……」 相変わらず、顔を起こそうとしない。 それでも容易いものだった。 サクラが今何を思い、どんな表情をしているかということくらい。 「ほらよ」 意外にも、優しい声音と共に差し出されたのは彼の左手。 滴で潤んだ視界をさえぎったそれにサクラの意識が注がれた。 ――昔よく縋ったシカマルの手。 「――……」 恐る恐るゆっくりと。 微かに触れてきたサクラの冷たい指先を離さないようにぎゅっと握り締めた――。 優しい温もりに、堪えきれなくなった涙が橙色に染まった頬を悪戯に流れる。 それ以上は何も言わず。 小さな手を引いて、シカマルは再び歩みを進めた。 重なったのは、彼女の足音。 「…っいの…」 導かれるようにサクラは口を開いた。 空いていた右手で次々と落ちる涙を必死にぬぐう。 「いの、笑ってた…」 私が傷つけたはずなのに。 もしかしたら、命を失っていたかもしれないのに。 ――私が彼女の病室に踏み込んだとき、いのは笑って出迎えくれた。 「いのはそういう奴だからなぁ」 白い雲が赤みを帯びた黄色と化してく空を見上げて彼は呟いた。 ――いのと同じように、笑っていて。 大きな掌が、薄紅色の頭へおかれた。 ――ぽんぽんと宥めるような仕種は貴方しかしないの。 「そしてお前も、こういうやつだ」 放っておいたら一人で沼に落ちてしまう。 ――放っておいたら無理やり笑顔を宿らせる。 自分の手を包み込んでくれる暖かな温もりを今だけは離すまいと、強く、強く力を込めた。 昔も今も変わらず、私が一番恐れているものを何気なく消してくれるのは、やっぱり貴方だった。 END. |