任務が完遂して、書類手続きが終わって戸外に出てみれば、もう日も暮れかけていた。 ううんと大きく伸びをするナルトの横でサクラがちょいちょいとサスケの袖をひっぱった。 あの頃より随分出来てしまった身長差を埋めようと、サクラはぐっと首をのばしてこちらを見上げる。 少しはにかむように笑った口が小さく動いた。 「一緒に帰ろう」 夕日が真横から差し込んでサクラの艶やかな髪を煌びやかに照らした。 stay by my side forever 久しぶりの七班での任務だった。 今やもう里を担う若手として、時には死を伴う危険性のある任務の中で、旧友との再会とさほど困難でない任務は彼らに束の間の憩いを与えた。 あの頃は目の前に聳えっていた互いの壁も何処にか消えて無くなっていた。 その中で。 サスケは傍らでいつも笑みを絶やさない女に小さな違和感を覚えた。 きゅっと絞めた黒い手袋の中。 一瞬だけちらりと見えた白い布が忘れられなかった。 「久しぶりね、この道」 サスケより幾分か前を歩くサクラが空を見上げて目を細めた。 日は完全に地平線の向こうに沈んでしまっていて、黒い空には白い星がばらまかれていた。 前を行く薄紅色がさらりと揺れる。 一度触れてみたくて、手を伸ばしはしたものの、彼女を手にする儚さに躊躇してサスケの右手は空気を掴んだ。 「サクラ」 女の名を口にすると嬉しそうに彼女は笑って振り替える。 闇がサクラの顔を隠していた。 先程空を切ったサスケの右手が今度は正確にサクラの左手を捕らえた。 「っ!」 小さくサクラが息を飲む声が聞こえた。 任務が終わっても付けっ放しの黒い手袋。 やっぱりな。 サスケがため息をつく。 そしてそっとサクラの手袋をとった。 華奢なその手に巻かれていた白い包帯は闇が満ち溢れる中によく映えた。 暗闇のかにでもぼんやりと真紅の血が純白ににじみ出ている。 「いつからだ」 痛々しい包帯に目を落としたまま呆れ口調でサスケが尋ねた。 眉を寄せ、俯いたサクラは暫く黙っていた。 けれど渋々ながら小さな口が言葉を生む。 「昨日任務の時にちょっとクナイ取り損なっちゃって」 バツの悪そうにサクラはもごもごと答えた。 「治さないのか」 こくんと彼女は頷いた。 「できるだけ自分の怪我はね、治さないようにしてるの」 虫一匹も鳴かないような夜。 サクラの声だけが凛と澄んだ。 翡翠の瞳がサスケを見上げる。 「怪我人や病人の痛みや苦しみを知るのが医療忍者の努めだから」 自分の怪我ですら自力で治せない用じゃ誰かを憐れむことは出来やしない。 それがサクラにとって医療忍者としてのポリシーだった。 真っすぐな志。 もうサスケを追い掛けていた頃の彼女じゃない。 少しずつ、サクラが遠ざかるような錯覚に襲われて。 「!」 気が付けばサスケはサクラの体を犇めいていた。 いつか自分のことなんていらないとサクラが身を翻すかもしれないという杞憂が彼を取り巻いた。 憐れで、愚かで、なんとも稚拙だ。 サクラの逞しくない腕はゆっくりとサスケの体を抱き締めた。 「心配症ね、サスケ君は」 そんな彼の心中に触れたように、おかしそうにサクラは笑った。 「例えどんなにサスケ君が望んだとしても、離れてなんかやらないんだから」 強い口調で言い切る彼女はいつだって暖かかった。 サクラががサスケに与える安らぎは今も昔も変わらない。 この少女は心の内を覗くのが得意だ。 どんなに真実を包み隠しても、闇に葬ろうとしても、いつだってどこからか見つけだしてくる。 サクラはあの頃から変わらない。 同じ暖かさで笑っていてくれる。 愛おしくて堪らない。 まだ完全に闇が支配しない今。 願わくば彼女のその笑みが己だけのものであらんことを。 END. |