王子サスケ×人魚サクラ



貝から聴こえるとされる海の音は、本当の海の音よりもずっと騒がしくて。
深海の、本当に地上の光が微かに当たる程度のところでは、陸地なんかよりもずっと自由な世界が広がっている。





プラトニックラブ




海辺に建てられたこの城の、一番南の部屋からは見事に海を一望できた。
サスケがサクラのためにと用意をしてくれた場所。
夜。
皆が寝静まったような深夜。
決まってサクラは起きていた。
真っ暗な墨のような色をした海を、その部屋の窓辺に腰掛けてゆうゆうと見下ろすのだ。
打ち寄せる波の音が、耳殻を涼ませる。
窓辺に頬杖をついて、肌に触れる海風をただ感じていた。

部屋の何処からか、風の音がするのに誘われて、サスケは真っ暗な廊下を蝋燭を燈し歩いていた。
城の門にいる見張りの警備以外はさすがに皆が夢の中か。
静か過ぎる城からは時計の秒針の音すら鮮明に通す。
風の音などなおさらだろう。
丁度廊下の突き当たり。
海辺に面した部屋の扉が少し、開いていることにサスケは気付いた。
あの部屋は、彼女の部屋。
(まだ起きているのか)
大広間の時計柱に目をやると、二時を回ったところ。
丑三つ時だ。
訝しげに思い、扉の隙間からサスケは部屋の中を覗いた。
電気はついていない。
文字通り真っ暗闇の中で、なにかぼうと浮かぶものが見えた。
開け放った窓から流れる穏やかな風が、薄紅色を揺らしている。

「サクラ」

夜中ということもあって、サスケは小さな声でその薄紅色に呼びかけてみた。
けれど返答は、ない。
中の少女は、窓辺に顔を臥せっている。
彼女を纏う白い夜着が一定のリズムで上下していた。
どうやら、眠っているようだ。
サスケが持っていた蝋燭の灯をふっと吹き消した。
それを廊下の隅において、部屋の中に入った。
サクラが此処へやってきたのは三年前。
人魚だった彼女は故郷を捨てる形で人の姿になった。
持ち前の明るい笑顔で、誰の心でも捉えて、天真爛漫な彼女は魅力的だった。
それでも心の奥底に眠る寂しさを隠しきれるほど器用じゃなくて。
こうして皆が寝静まったあと。
サクラが自室で故郷に思いを馳せていることをサスケは知っていた。
心地よい浜風が、そっとサクラを包み込んでいるようで。
すやすやと気持ちよさそうに寝息を立てる彼女の手に握られていた貝殻をサスケは拾い上げた。
そして耳に当ててみる。
ザァァ。
波の音が微かになった。
故郷が恋しくならないようにとサスケがサクラに贈った一番初めの贈り物だった。
まだ大切に持っていたなんて。

人のいる気配に気付いてか、サクラの肩がぴくっと揺れた。
薄っすらと長い睫が開き、その奥に宝石のような翡翠色が顔を覗かせる。

「こんなとこでうたたねなんかしてたら風邪引くぞ」

サスケは窓辺に腰掛けながら言った。

「サスケ君?」

当然驚いたようだ。
慌てたように大きく目が見開かれて、サクラが髪を撫で付ける。
みっともなく跳ねてやいないかが心配のようだ。
人差し指でサスケがちょんちょんと己の右頬を指差した。

「型」
「へ?」
「型がついてるぞ」
「うそ!」

恥ずかしさに顔を赤くして、サクラが咄嗟に自分の右頬を擦った。
よりによってサスケの前でこんな醜態をさらすとは。
つくづく自分が情けない。

「ここは風が気持ちいいな」

眼下に広がる真っ黒な海を見下ろして、サスケがそう呟く。
あれがサクラの生まれ故郷。
彼女が自分と出会わなければ、おそらく一生サクラの暮らす場所だったのであろう。

「海の音もよく聞こえるのよ」

頬を撫でる手はやめず、得意げにサクラは付け足した。

「深海の、海の音ってどんな音だ」
「え?」

唐突な問いに、サクラが小首を傾げた。
サスケは手にした貝をちらちらと振って、微かに笑った。

「こんなもんじゃないんだろう」

貝からの音はあくまで地上にいる人間が聞く海の音。
するとサクラが照れくさそうに笑う。
海へ視線を移した。

「深海は、すっごく静かなの」

魚の泳ぐ音が泡沫をつくり、それだけで目も楽しませてくれる。
しんと静まり返った音。
沢山の命を感じられる音。
その音に囲まれる中で、深海の岩に腰かけて、地上への夢を瞑想することがサクラは好きだった。

「いつかサスケ君にも聞かせてあげたいな」

そういってサクラはにっこりと笑った。
そこらの下手なミュージシャンが歌うラブソングより、深海が奏でるメロディーのほうがよっぽどロマンチックだろう。
もう二度と、聞くことは叶わないのだろうけど。

「――帰りたいか」

海に。
サクラがサスケを見た。
真正面から視線を切り結んで、そして大きく首を左右に振る。

「ううん」

それは確かに、帰りたくないと言ったら嘘になる。
けれど貴方と離れることなんて、考えたくもないから。

「だった此処には、サスケ君がいてくれるでしょう」

名に違わない色をした髪を悪戯な風が楽しそうに運んだ。
それを撫で付けて、サクラは真剣な顔でサスケを覗き込む。

「サスケ君と一緒にいることが、私の願いよ」

そして飛び切りの笑顔を作った。
迷いのないその言葉と顔が、偽りなく嬉しくて、思わずサスケはサクラの身体を引き寄せた。
強く強く抱きしめる。
自分なんかのために故郷を捨てた少女。
それでも、そんな少女を手放すことの出来ない己の弱さ。
なんとも滑稽で、浅ましくて、愚かだとは思ったけれど思いは募る。
サスケに腕の中にすっぽりと納まってしまう彼女はやはり華奢だった。
こんな華奢なサクラの身体をこれから、いや今まで何度、傷つけたことになるだろう。
わかっているのに、離れられない。
この先何を失おうとも、サクラだけは手放したくなかった。
ぎこちないサスケの腕が、思うものをサクラは知っていた。
そして彼を苦しませている自分自身が酷く憎かった。
違うのよ。
そう声に出来ればどんなにか楽だろう。
私は私の意志で此処にいる。
ただそれだけでも、サスケに伝えたかった。
だから変わりにサクラは強く彼を抱きしめる。

声にすればするほど虚偽に聴こえるのなら、どうかこの思いだけは言葉にならないで。


END.

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