※神楽死ネタ。20年後の話







それでもまだ、頑張れた。
地に両足をつけ踏ん張るだけの力は残っていると、少なからず思っていた。

世の中の狭さに満足していた、あれが最期の夏。
未だに脳裏を汚して病まないのは、真紅の血。



白藍に手を伸ばす



秋と呼ぶにはまだ汗ばむ陽気の、夏と呼ぶには寂しすぎる今の時期。
何年ぶりだったのだろうか、この地へ意識が戻るのは。
遠ざけた過去、受け止めなかった真実。
今となってしまえば、自分でも笑ってしまいそうなほど穏やかにすべてを悟っていた。


あまたの墓石がそびえるこの敷地で、まっすぐに彼の足取りが向かう先はいつだって決まっていた。
二十年という月日は、総悟を大人にも子供にもさせた。
何も、変わらない。
年ばかり重ねていくこの人生で、きっと神楽を失って以来変化したものなど、皆無に等しい。
墓石の横の曼珠沙華がちらりと笑った気がしたのは気のせいだったのか。
いつものように彼女の墓標の前で手を合わせ、夕刻の肌を撫でる冷たい風に誘われるようにその場を後にしようとして、ひとつの違和感に総悟は気づいた。
墓場の隅で凛と花開いていた一本の白藍が、すっと音もなく動いたのだった。
その花は総悟の背中に聳えていた大木の影に引き込まれてしまった。
不可解に思い、総悟が立ち上がる。
それと共に現れたのは見慣れた藤色の傘。
総悟は目を見開いた。
心臓が懐かしい高鳴りを覚える。
傘の影から顔をのぞかせる、それは間違いなく――。

「――チャイナ…」

少女の口元が微笑んだ。
赤いチャイナドレスに身を包んだ姿は、二十年前と変わらぬ姿。
すっと伸びる手足は、血の気を失って真っ白に近い色をしていた。
その小さな手には先ほどの白藍をした花が握られていた。

「この花」

おもむろに神楽が総悟の前に差し出した。

「なんていうか知ってるアルか」

淡々とした口調は相変わらず。
何一つ、変わっちゃいない。

「知らねェ」

小さく総悟は首を振った。

「【リンドウ】っていうんだヨ」

そういって愛おしげに藍色の花を見つめた。

「花言葉は【悲しんでいるあなたを愛する】」

神楽の目が、総悟の目を覗き込む。
あの頃と同じ綺麗な目。
穢れを知らず、真摯なまなざしが睨むようにこちらをみていた。

「私は、愛さないヨ」

二十年。
長い間、お前を捕らえ続けた私を、どうか許して。

「悲しんでいるお前なんか、愛さないアル」

風が吹き荒れる。
砂嵐に総悟が眉を寄せた。
一瞬その風に巻かれて神楽の姿は消えてしまうかのように思われたが、無い両足でしっかりと地面にたたずむ神楽を、素直に愛しいとそう総悟に感じさせた。

「今更、」

彼の発した声は、思いのほか小さくて、笑えるくらいかすれていた。

「化けて出やがったから何の用かと思ってみれば」

立ち止まっていたのは、自分。
彼女に固執してしまったこの愚かな心を、ずっと、ずっと神楽は大切に思ってくれていたというのか。

「安心しろィ。てめぇみてぇな親不孝なガキなんざ、今の今までさっぱり忘れてたぜィ」
「嘘吐けヨ。このロリコン野郎」

神楽の口が、むっと引き垂れる。
今日は風が荒々しい。
突風が、荒野を吹きぬける。
今度こそ、彼女がこのままさらわれてしまいそうな感覚に陥った。
それでもこちらを見据える少女の目は、変わらない。

「老けたアルナ」
「なかなかダンディだろィ」
「童顔は相変わらずネ」
「殺すぞ、クソガキ」

一瞬でも、あのときの心地よい時間が戻った気がして。

「触れてもいいかィ」

刹那。
目を見張った神楽が肩をすくめた。

「いいけど、触れられないヨ」

総悟の伸ばした手が、神楽の肩を透かす。
ね、と少女は苦笑した。

「――向こうで、待ってるアル」

束の間の再会で、彼女が残していったもの。

「あと八十年は生きろヨ」

それは小さな結晶となって、総悟の足元を照らしてくれた。

「あと百年、生きてやらァ」

今度ゆっくり話すときは、てめぇが生きれなかった世界での出来事を、事細かに説明してやる。
それまでは。

音もなく、神楽が総悟に近づいた。
触れられない手で、そっと総悟の手に触れる。

最後に一度、笑ったような気がした。
それが夢か現かわからぬままに、神楽の姿は消えていた。


総悟の手に握られていたのは、リンドウの花。




END.

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