※薄桜鬼パロ
※羅刹ならぬ夜兎沖田




だってそれは、あんたが闘わないと言ったから。
じゃあ、誰があんたを護るって?




滔々


思考回路がついていけないほど急激に、全身の血が騒ぎ出し、意識が遠のくのが分かった。
珍しいこともあるものだ。
人一倍意地っ張りで、人一倍負けん気の強いあの女が、取り乱して何かを叫ぶ。
その声すらも聞こえないほどに、身体が熱い。

――…血ガ、欲シイ。

聞こえるはずのない声が、頭の芯に響く。
自分に向って襲いかかってくる輩に、総悟は笑った。
その笑みが何を意味するか。

――…血ヲ、血ヲ、コノ手二。

もう剣を握れないほど弱った身体の一体何処からこれほどまでの殺気を纏うことが出来たのだろう。
いつもなら、痺れるほど重い、肉塊を断つ感触も感じることはなく、風を切る速さで刃は眼の前を切り裂いた。
一瞬の躊躇いもない、一握の罪悪感もない。

――これが、夜兎。

漲る力を、誰が止められるだろうか。
誰かの血飛沫が宙を舞い続ける。
その時、叫びながら何かを訴え続ける少女が眼の端に映った。
彼女の足が、こちらに向かって、駆けて来る。

ドクン。

総悟の心臓が、一つ大きく脈を打った。

――…血ガ、欲シイ。

聞こえる。
欲望のままに、血を望む声が聞こえる。
思わず総悟は耳を塞いだ。
そうして神楽に叫び散らす。

「来るんじゃねェ!」

見たこともない総悟の形相に刹那、怯んだ神楽だったが、総悟のところに向かう足を止めることなく、勢いよく彼の身体にぶつかったかと思うと、両手でしっかり縋りついた。
眩暈がしそうなほどの血の臭い。
きつく眼を閉じる。

――こいつを夜兎にしたのは私のせい。

私が、闘うことを放棄したから。

総悟の手が、神楽の身体を掴みかかった。
驚くほど強い力に、神楽は多少の恐怖心すら覚える。

「…ぐっ…!」

苦しみに耐えるべく総悟は唇を噛みしめる。
その口から、つぅと、血が滲んだ。
悲鳴さえも飲み込ませるほどのこと。
何故自分は彼に選ばせてしまったのだろう。
瞳から溢れた涙は留まることなく神楽の頬を濡らす。

「ごめんネ」

それは一体誰へ向けての謝罪なのか、自分でさえも分からなかった。
殺される必要のなかった者たちへか、はたまた必要以上の力を手に入れなければならない状況へ追いやってしまったかの男へか。
わけもわからぬまま泣き叫んで、神楽は総悟を強く抱きしめた。
強く、強く。
夜兎の自分が、ありったけの力を込めたところで、壊れないことはもはや分かっていた。

「ごめんネ」

もう人としての終焉を遂げることのなくなった総悟へ、これ以上何と懺悔したらよいのだろう。
「ごめんなさい」なんかでは足りるはずもない。
けれど、「ごめんなさい」以上の言葉はない。
神楽の肩を掴んでいた総悟の手が、ゆっくりと解かれた。
そうして、力任せに神楽の小さな身体を抱え込む。
何故こいつが涙するのだ。
夜兎を望んだのは、俺の罪。
人間の力だけでは、こいつを護り切ることが出来なかった、俺への罰。

「――…謝んな…」

息をすることが精一杯のこの状況で。

――…血ガ、欲シイ。

その声は聞こえぬふりをして総悟は無理やり笑った。

「まさか、てめぇのために俺が夜兎になったとか、勘違いしてんじゃねぇだろなァ」

神楽の総悟を抱きしめる腕に力が入る。
彼の胸に顔を埋めたまま、神楽は思いっきり首を振った。

「――…そうかィ」

――相変わらず、嘘が下手なこった。

「……血、いるアルか」

くぐもって聞こえた神楽の声は酷く不安げな声だった。
目線を下に落とすと、神楽の露わになった首筋には、無数の痣が残っていた。

「…いらねぇよ。見縊んじゃねぇや」

お前を傷つけてまで、生き永らえたいとも思わない。
それ以上、神楽は何も言わなかった。
否、きっと、言えなかったのだ。
銀時も、新八も、皆が夜兎の力を得て、灰となって散っていった。
それを神楽は間近で見ている。
総悟も間違いなくその運命を辿る。
わかっているからこそ、この場に適切な言葉など用意されているはずもない。

ああ、それでも、ただ一つ。
神楽に伝えることがあるとするのなら。

お前より先に死んでいくことをどうか許して欲しい。

そして、どうか生きてくれと。

たった一人ででも、例え争いに身を投じたとしても、この醜い世界に噛り付いてでも生きてくれと――。



――二人の足元に転がる無残な死体は、夜兎の力を欲して、狂った人間が起こした惨劇だった。
大切な人を護るため。
争うことを何より嫌った夜兎を護るため。



END.

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