それは、薬品臭いベッドの上。 少女は腰を曲げ、手足も小さく折りたたんで、かつて母親の胎内に居た時と同じポーズをとっていた。 海老って火を通すとこんな感じになるよなとおせちに入っている煮物を思い出しながら総悟が呟くと激痛の為か虚ろな目で神楽は睨みをきかせた。 「デリカシーが無さ過ぎるネ」 口生意気であることは健在であったが、やはり辛いのだろう。 心なしか眉間に皺を寄せながら、神楽は再び目を閉ざした。 月に一度、女なら誰でも訪れるこの日は神楽にとって憂鬱でならない。 身体中重たくて、下腹部を襲う痛みは一日中拭えないのだ。 鎮痛剤を飲んだところで、気休めにしかならず、強い薬だと胃が荒れるため、吐き気も伴ってそれはもう最悪の気分だ。 吐き気、激痛、熱っぽさのトリプルパンチで神楽は午後から戦闘不能になり、保健室のベッドでうずくまるだけの半日を過ごした。 放課後。 神楽の荷物を持って総悟が保健室を訪れた。 家が近いこともあり、この日だけは彼が自転車で送り迎えをするのが当たり前になっている。 総悟も、娘っ子ひとり連れて帰るくらい大した労力にもならないし、何より部活をさぼる口実になる為その役を断ることはなかった。 「ほら、さっさと帰るぞ。六時からの渡鬼再放送、間に合わなくなるぜィ」 「録画予約してきたから問題ないヨ」 「俺はしてねぇから急ぎやがれ」 けれど、彼の辞書には思いやりと言う言葉はない。 体を起こすことも困難である神楽を私事情で平気で急かしてくる。 動けと言われて、動けたらお前なんかの手を借りなくてもひとりで帰っている。 「お前に生理痛の辛さ、わかんねぇだろ」 「じゃあ聞くが、お前に金玉蹴られた時の痛さはわかんねぇだろ」 引き合いに出してくるものがくだらなくて、神楽はため息をついた。 「生理痛のが金玉蹴られるより三倍痛いに決まってるアル」 「いや、金玉蹴られるほうが生理痛より十倍痛いに決まってる」 「間違ったアル。生理痛のが金玉痛より百倍痛いネ」 「何、金玉痛って。露骨すぎんだけど、ねぇ」 こんな張り合い埒があかない。 総悟はベッドの傍らにどかっと腰掛けた。 丸く体を折りたたんだままの神楽に視線を落とす。 「一体何処がそんなに痛いんでちゅか」 茶化すような幼児言葉に神楽は挑発されなかった。 変わりに体を仰向けにし、指で下腹部を指示した。 「此処」 眉を釣り上げて、少女は大きな声で答えた。 「威張んじゃねぇや」 総悟はため息を着いて、神楽が指差した箇所にそっと掌をあてがった。 彼の体温が制服の布を隔てて患部に伝導する。 思ったより暖かい手。 そして静かにそこを撫でる手つきはずっと優しいもの。 熱が痛みを緩やかに解いていく。 意外にもこの男によって齎されるものが神楽を癒やした。 その真実が何だか釈で神楽は唇を尖らせて、そっぽを向く。 「…セクハラで訴えてやるネ」 「じゃあ止めるかィ」 総悟の手がすっと熱を逃がそうとすると、神楽の手がそれを許さない。 小さな手で彼の手を覆い被すと、再び自身の腹に戻して、撫でろと言わんばかりに動かした。 「何でィ。セクハラで訴えるんだろ」 揶揄すると、神楽は総悟をじっと見やった。 眉を寄せたまま、生意気に口が動く。 「今日だけは許可してやるヨ」 なんて素直じゃないこと。 その癖、顔は耳まで真っ赤にするという矛盾。 そんな神楽を堪らなく可愛いなと思ってしまう自分に総悟は寒気を感じた。 何キャラだ、俺。 もっと彼女をからかい倒してもよかったのだが、さすがに今日くらいはやめておいてやろう。 神楽の要求通り、総悟は柔らかな手つきで彼女の腹を撫でてやった。 薄くて幼い腹だ。 少しでも力を加えたら簡単に内臓がつぶれてしまいそうなくらい。 けれど、立派に女の身体なのだ。 生理はその証。 いつでも子を宿せることの証明だった。 オンナという生き物に初めて感じた、それが神秘。 相互理解インポッシブル END. |