※後半の品のない会話にご注意。嫌な方はプリーズバック。 銀さんは保護者的な存在で。 本当に小さいものだなと、妙な感動を覚えて、総悟は今自分の腕の中で微睡む少女の顔をまじまじと見つめる。 少し前、緩やかな陽の光に導かれ瞼を開けると、思ったより高い所で太陽は輝いていた。 焦って少女を叩き起こそうとしたが、今更寝過ごした時間は戻らないし、そうであるならまだこの密やかな時間を楽しんでいたいと思い直して、神楽鑑賞を初めてからもう一刻は過ぎたと思う。 神楽は無防備に眠り続ける。 一定に上下する肩の運動を眺めていると、ついつい此方にまで睡魔の手が伸びてきそうになった。 堅く閉ざされた瞼の奥には鮮やかな蒼が眠る。 ほぼ無意識だった総悟の指はその白い柔肌を撫でた。 そんな些細な衝撃だった。 それでも、少し眉間に皺を寄せた神楽は覚醒した。 徐々に開かれる瞼の奥の蒼さに触れ、総悟は勿体無いことをしたなと後悔する。 「オハヨウ」 神楽の視界に割り込んだ人物はにこりともせずそう言った。 寝ぼけた頭でさえ、お前何言ってんだと罵ることが出来るほど、この戸外の明るさに「おはよう」は不釣り合いだ。 だってもう太陽はあんなに眩い光を放っているのだか、ら――。 「!」 神楽は勢いよく飛び起きた。 何だってお天道様はあんな高いところに御座しになっているのか。 この現状は非常にまずい。 「銀ちゃんが帰ってきちゃうヨ!」 慌てて神楽が身支度を始めようとすると、 「否、もう帰ってきてんだろ」 と総悟の冷静な突っ込みが返ってきた。 身体を横たえたまま、関心なさげな総悟の態度に多少憤りは感じたものの、彼の言うことはそうだとも思う。 銀時は朝帰りこそ常であっても流石に昼帰りは今まで一度もしたことない。 帰宅して万事屋の玄関を開けたときに蔑んだ目で仁王立ちした銀時がこちらを見据えている、そんな近未来を想像して神楽はぞっとした。 「俺も一緒に弁解行ってやろうかィ」 悪ふざけだけの彼の提案に神楽が睨みつけた。 「余計ややこしくなるネ」 そんなことしようものなら間違いなく外出禁止令が発布されてしまう。 「お前なんで起こしてくれなかったアルか」 彼に当たるのは筋違いだろうが、いつもだったら朝早くから総悟に叩き起こされて寝ぼけ眼を擦りながら帰宅するのだ。 何故今日に限ってこんなことになる。 あらぬ責任転嫁に総悟は眉を寄せた。 「うるせぇな、どっかのクソガキが夜な夜な夜這いにくるお陰で俺だって寝不足なんだよ。むしろヤらせてもくれねぇのに胸貸してやってる俺の寛大さに感謝しろってんでィ」 不服を訴える総悟の指が伸びて、神楽の鼻を摘んだ。 ふぎゃと思わず変な声を出し、神楽は赤くなったであろう鼻先を撫でた。 「不潔アル。お前私のことそんな目でしか見てなかったのかヨ」 大袈裟に嘆いてみせた神楽は両手で身体を抱えた。 総悟が鼻で笑う。 「誰が好きでてめぇなんかに欲情するか。俺だって健全な男子なんでィ。てめぇのその貧相な身体でも夜通し押し付けられてりゃ勃たねぇもんも勃っちまう」 相手が俺じゃなきゃあんたとっくに犯されてんぞと忠告すると、そんなこと私がさせるわけないだろうと、しれっと神楽は言って除けた。 それは最もだと思う。 が、男がその気になれば娘っこ一人強姦することなんざ容易いことをこいつは知らない。 欲求不満は募るばかりだが、神楽にもう来るなとも言えない理由はそれだった。 ぎゅっとされて眠るのが好きと赤子のようなことをぬかす世間知らずな少女が、変態ロリコン野郎に強姦されたなんてもしあっちゃ、余計な仕事が増えて面倒くさい。 ということにしておいた。 「銀ちゃんになんて言い訳しよう」 大きな溜息と共に、がくっと畳の上に膝と手をついて神楽は項垂れた。 この上ない罪悪感だ。 もっともこの男相手に間違えることなんていうのはあり得ないのだから、やましいことは何もない。 が、そうは取ってもらえなさそうな行動をしている以上適切な言い訳も思いつかなかった。 「いっそ夕方くらいに帰って、朝早くから遊びに行ってたんだとでも言ったらよくね」 それはもう面倒くさそうに。 欠伸を噛みしめながら総悟が言い放つ。 じろりと神楽は総悟に目をやったが、少し考えを巡らせ、一度溜息を洩らしたあと神楽は肩を竦めた。 「それが一番いいアルな」 返って下手な言い訳を準備するより、何食わぬ顔でただいまを言う練習をしたほうが賢いかもしれない。 そう思い直すと神楽はまた総悟の眠る布団の中に潜って行った。 流石に総悟の足がそれを拒絶する。 「てめ、俺は今から幸せな二度寝するんでィ、お子様はとっとと帰りやがれ」 「夕方くらいに帰ったらいいって言ったのはお前だろ。私だって寝足りないヨ。もっと寝たいアル」 何という横暴な女だろうか。 総悟は愕然としたが、結局布団を破らんとする神楽の勢いに根負けする。 押し勝った彼女は幸せそうに彼の首元に顔を埋めた。 白くて細っこい腕を総悟の首に巻きつけ、これでもかというほど密着する。 「せっかくの俺の非番、お前のせいで台無しでィ」 「知ったこっちゃないネ。ほら、いいからぎゅってするアル」 催促されて、観念したように総悟の手が神楽をそっと包み込む。 この体温が心地よくて神楽は瞼を閉じた。 喧嘩ばかりで減らず口のこの世でもっともいけ好かない男だが、こいつの齎す熱だけは好きだった。 愛が溢れるような手じゃない。 もっと残酷なようで、酷く寂しくて。 けれどこの中で微睡むと容易く神楽を深い世界に導いていく。 聞こえる息遣いも全部、今は自分のものだという錯覚にすら陥りたいほど、依存していると思う。 彼を取り巻く体温は、優しく神楽を犇めいた。 彼女が太股に違和感を感じた、その時でさえ。 「…オイ」 神楽は閉じた瞼を再び開け、こちらをじっと見つめていた総悟を睨みつけた。 「お前、何おっ勃ててるアルか」 「しゃーねぇだろィ。寝起きなんだ、生理現象でィ」 悪びれなく総悟はそう答えた。 「キモイアル。死ねよ」 「おいおい、いい度胸してんなァ。旦那にあることないこと吹きこんだっていいんだぜィ」 「そんなことしたらてめぇの大事なもん引っこ抜くぞ」 そうは言うものの彼にぴたりとひっつくのを止めない神楽は、母親の腹にしっかりと抱きついて落ちない子猿を連想させた。 噴き出しそうになったが、これ以上口論が続くとせっかくの睡眠時間が削られそうだったので総悟は目を閉ざした。 「おやすみ、クソチャイナ」 「永久におやすみ、サド野郎」 唯一二人を繋ぎとめるこの温度は、苦しいほど愛しくて、脆くて、中毒になりそうだ。 これが恋だというのなら、そうなのだろうと思えてしまうほどに幸せだった。 次に二人がこの幸せから目を覚ましたのは、夜の帳が下りきった頃であった。 神楽が慌ただしく屯所を飛び出たのは言うまでもない。 眠れる森の中毒者 END. |