難しいことが分かる年になってしまった。
(めんどうくさいな)
盗み聞きなんてするつもりは毛頭なく、先程うっかり耳殻が捉えてしまったことがどういうことなのか、咄嗟に理解した。
土方が苛立ちながら、総悟を諌める声。
ごろんと、神楽は総悟の部屋で、身体を大の字に投げ出した。
馴染んだ天井を見上げる。
(公務員って大変アルな)
先程の光景を思い出し、他人事のようにそんなことを考える。
縁談なんて、自分には夢のような話だし、彼もまた、同じようなものだと思っていたのに。
(良家の娘さんか)
どんな子なのだろう。
少なくとも、自分とは似ても似つかないだろうことはわかる。
右に左に忙しなく寝返りを打ちながら、落ち着かない心のわけを思ってみた。
(面倒くさい)
改めて神楽は溜息を吐く。
遅かれ早かれ、彼とは違う道をゆくことを思わぬところで実感させられた気分だ。
遅かれ早かれ、彼に別れを告げるのか、または告げられるのか。

「相変わらず不法侵入かィ」

明らかに不機嫌な総悟の声が頭上から降ってきた。
彼が機嫌を損ねた理由は、おそらく。

「オマエもう結婚できる歳アルか」

神楽は寝転がったまま総悟に尋ねた。
どうしてお前が知っている。
と、一瞬目を瞬いた総悟であったが、それは別に重要ではないと判断したのか、特に神楽を問い詰めることはしなかった。
再びむすっとした顔に戻って、寝転がる神楽の隣に腰を下ろした。

「てめぇは今いくつでィ」
「十四ヨ」
「ガキじゃねぇか」
「何だとこら」

はぁと大きく溜息をついた総悟が胡坐をかいた状態で天井を睨んだ。

「ったく土方のヤロー。てめぇのほうが縁談必要じゃねぇか。いい年してぷらぷらしやがって」

柄にもなく余裕のない総悟の毒舌に神楽が首を傾げる。

「そんなに嫌アルか、結婚」
「まだ早いって話でィ。てか土方に決めらんのが腹立つ」
「結婚なんて絶対早いほうがいいアルヨ。オマエのもらい手があるだけ有り難く思えヨ」
「てめぇには一生嫁の貰い手がねぇだろうな」
「上等アル。死ねヨ」

白くひ弱な神楽の足が、見た目以上に力強く総悟の膝を蹴飛ばした。
痛ぇ、と小さく不満を漏らした総悟だったが、今日はそこから乱闘になることはなく、また溜息を一つ零した後に、神楽の隣で同じように大の字で寝転がる。

「そういう、お前はどうなんだよ。理想の結婚時期」
「早ければ早いほうがいいネ。女はな、毎日結婚したいって言いながら生きる動物ヨ」

なんとも抽象的で、稚拙な答え。
出す声も無く、溜息に変えた。

「そんなに早くしたかったら、そこらにいるライオンヘアした男でも誘ってこいや。次の日には、できちゃった婚でィ」
「馬鹿いうなよ。そんな万年発情期に興味無いネ。私の理想はエベレストよりも高いアル」
「ほお。どんなエベレストに登る気でィ」

口の端を挙げて、あほらしいと言わんばかりに総悟が嘲笑した。

「まず年齢は断然年上だろ。私より強くて、背高くて、恰好良くて、眼鏡掛けてなくて、足の裏臭くなくて、オタクじゃなくて、毎日一日三食、お腹いっぱい食べさせてくれる人がいいアル」

指折り得意げに話す神楽に、総悟は目を瞬かせる。

「何でィ、俺じゃねぇか」
「ふざけろヨ。お前が該当するところなんてせいぜい年上くらいネ」
「お前より背高いところも該当するぜィ」

得意げに笑ってやると、神楽が思いっきりしかめっ面をして、ぷいと顔を背けた。
頭を並べた状態で寝転がったまま、どちらかともなく喋らなくなる。
何だろう。
いつもの他愛ない会話のはずなのに、なんだか沈黙が気まずい。
神楽がそんなことを考えていると、急に総悟が上体を起こした。
突然のことに驚いて同じく神楽も半身を上げた。
すると総悟の手が、神楽の肩を力強く掴みかかる。
そうして、とびっきりの笑顔でにっこりと笑った。

「どってことねぇじゃねぇか、てめぇ俺と結婚しろィ」

咄嗟のこと過ぎて、神楽の口は半開きのまま。

「は?」

声にならない声を発することしかできなかった。

「お前と結婚しちまえば、縁談なんかなくなるじゃねぇか」
「ちょっと待てヨ。私はお前なんかと結婚する気ないアル。大体まだ十四だっつっただろうが。馬鹿かオマエ、アホだろ、死ネ」

思わず神楽は、思いつく限りの雑言を並べて罵った。
らしくもなく動揺している。
戯言だろうと思うけれど、一度揺れた心は静まらない。

「問題ねぇじゃねぇか。てめぇの理想は俺だろう」
「誰がオマエっつった!1ミリたりとも該当しないネ!」

声を荒げると、総悟がずいっと掌を神楽の前に示した。

「俺と結婚したら、毎日一日五食、腹いっぱい食わしてやるよ」
「マジでか」

急に神楽が真剣な顔つきになった。
あれだけ喚いていおいて、この変貌ぶり。
(単純すぎるだろう、こいつ)

「しかも毎食デザート付き」
「ひゃっほう!」

神楽が両手を挙げてはしゃぎだす。
容易いものだ、こいつを動かすことくらい。

「そうと決まれば早速婚姻届書くぜィ」
「あ、私の年齢はどうするネ」
「心配いらねぇよ。現役お巡りさんをなめんなァ」

神楽の顔を覗き込んで、総悟が良くない笑顔を見せる。
つられて、神楽もにやっと唇の端を上げる。

「今初めてオマエを尊敬しそうになったアル」
「なら跪けィ」

得意げにふんぞり返った総悟の腹を、行儀の悪い神楽の足が思い切り蹴飛ばした。
その衝撃で思わず背を丸め、総悟が堰き込む。
涙目で神楽を睨みつけた。

「てめぇ、何しやがんでィ」
「調子乗んなヨ。言っとくけど、私鬼嫁だからな。オマエのこといびり倒してやるヨ」

神楽はそう言って、藤色の傘を総悟に向けた。
少し咳払いをし、総悟も立て膝で腰の刀に手を掛ける。

「そうはいかねぇ。てめ、誰が台所牛耳ってるか覚えとけィ」

鞘から刃をすっと抜いた。
互いに武器を構えた腕は揺るがさず、じっと瞳を見つめる。
開け放された総悟の部屋から和やかな庭が良く見えた。
その庭にある銀杏の木が、戸外を吹き彷徨う秋風に揺られる。
刹那。
突風に吹かれ、小さな実が音も無く、ぽろっと地面に落ちたその拍子。
互いに勢いよく畳を蹴って、武器と武器を交える。

それは最早、馴染みの風景。
そして、これからの風景。


愚かな僕の、求愛条件


END.

←|→

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -