※子ネタ。神楽病弱





晴天が続いたあとに久しぶりに降った雨は鼻を突く独特の埃臭さがある。
あ、洗濯物を干してきたまんまだと、水溜まりを蹴りながら総悟は思い出す。
反射的にそんな心配をするあたり、しっかりと主夫が板に付いて来たと我ながら感心した。
もっとも気楽な専業主夫ではなく、家事と仕事の両立は考えていたよりも大変で、慣れない頃は育児休暇くださいと真剣に土方に頼み込んだことがあるくらいだ。
お前はもともと仕事してなかっただろうと渋い顔で突っ込まれたが、たまに依頼が来る危険なシゴトで、万一自分が間違って命を落としでもして、愛息子がこの世知辛い世の中をたった一人で生きていかなければならなくなった暁には化けて出る自信はあった。
それにまだ当時三にも満たない我が子を残して仕事に行くのはどうも忍びなかった。
親にかまって貰えない寂しさから不良の道にでも走ってしまったら、おやじ狩りならぬ土方狩りをしてやると決めていた。
息子が寂しがらないようにと総悟は帰れない日、万事屋に預けたりした。
どうせ不良の道に走るくらいなら、不良にかつあげされている弱者を救えるかっこいい不良になるように屯所で剣を習わしたりした。
そうやって彼が手塩に掛けて育てた愛息子は、数年後それはそれは立派な泣き虫に成長した。
雨の日は決まってその泣き虫は公園のベンチに現れる。
なんでよりにもよってそこなんだと総悟はつっこみたくなった。

「お嬢さん、雨に濡れてますぜィ」

まるで女の子のような容姿を皮肉りながら、総悟は自分の傘を少年の頭上に広げた。
すると、泣きすぎて腫らした目できっと父親を睨みつけた彼は下唇を噛み締める。
そんな顔は全く持って神楽と瓜二つだ。

「怖い顔しなさんな。あまりにきれいな肌と髪してやがるから誉めただけだろ」
「そのせいで僕がいじめられてるのに」

雨か涙かわからないものが少年頬を濡らしていく。

「そりゃあれだよ、おめーが母ちゃんばっかりに似ちまうからだろィ」

男として生きるには白すぎる肌。地球人離れした蒼い瞳。六歳を迎えて通い始めた寺子屋で、息子が目立ちすぎることは確かだった。
彼の個性は一部の子どもの興味の的となった。
もともと大人しい少年は言い返すこともできず、こうして貶されるまま一人涙を流す。

「僕は父ちゃん似なら良かったんだ。なんだって天人の母ちゃんなんかに似ちまったんだよ」

そう実母に恨み言をいう少年は真っ赤な鼻をずずと吸って、手の甲で涙を拭った。
その横顔はやはり酷く似ている。

――夜兎がどうして絶滅寸前種族か知ってるアルか。

いつの日だったか、泣き笑いのような表情を浮かべた彼女に。
闘って闘って夜兎は滅びるだけではない。
彼らは同じ血同士でしか血を繋げないのだと。
人間との子を身ごもった夜兎は静かにそう言った。

総悟は差していた傘を徐に閉じると、それを竹刀に見立てて少年の脳天にまっすぐ振り下ろした。
バシンと傘の骨が悲鳴を上げた。

「!」

思いもよらなかった衝撃に、驚きと痛みを感じた少年は小さな頭を抱えてうずくまる。

「逃げてばっかの弱虫が、お前さん産むため命懸けで闘った母ちゃんに文句いうんじゃねぇよ」

父のいつも以上に真剣な声に、少年は顔を上げられなかった。
ああ、また泣いてしまいそうだ。
父の偉大さと、母に対する自己嫌悪。
わかっている。
母のせいなんかでないことくらい。
幾度となく父は言った。
母から寸分の狂いもなく受け継いだ、この肌と目と髪は、母のその抵抗力を全て自分に与えてくれた証拠なのだと。
おかげで少年はまだ一度も風邪を拗らせたり、熱で寝込んだりしたことはない。
変わりに母は入退院を繰り返す病弱な身体になってしまったのだけれども。
その姿はとてもじゃないが宇宙最強の戦闘種族であるとは思えない。
細くて小さい母は、父に連れられてたまに病院から帰ってくる。
少年はいつだって泣きたくなるような、照れくさいような気持ちになった。
満面の笑顔で、

「元気にしてたアルか!」

なんて、子供のような無邪気さを振りまく母が少年は大好きだった。
大好きだったから寂しかった。
母が居ない家はほかの誰が何人居ても満たされない。
本当は毎日楽しく寺子屋に通って、放課後には仲良しの友達と空が暗くなるまで遊んだりしたかった。
お腹を空かせて家に帰ると、いつまで遊んでいるのだと母に怒られて、それでも温かいご飯にありつけたり、今日あった出来事をいっぱい報告したり。
それを父に言うと、母ちゃんふりかけごはんしか作れねぇぞと返されたが、だったらふりかけごはんをお腹いっぱい食べて、明日は卵かけご飯が食べたいな、なんてリクエストだってしてみたかった。
全ては夢なのだ。
限りなく現実に近い夢。

ベンチに並べた両膝の上で拳を作った少年を雨が濡らしていく。
総悟はその隣に腰掛けて、力任せに息子の肩を抱き寄せた。

「お前、さっきのセリフ母ちゃんに言ってみろ。傘で殴られるなんて可愛いもんだぜィ。傘の先端に仕込んだマシンガンで地の果てまで追っかけ回されることに比べたらな」

誰が健康な身体で産んでやったと思ってんだゴラァとヤクザ並みに舌を巻く神楽は想像容易い。
息子の顔から血の気が引いて只でさえ白い肌は蒼白く雨に打たれる。

「…母ちゃんには言わないでね」

言えるわけない。
総悟だって唯一の我が子を亡くすのは惜しい。

「あれは宇宙一最強の母ちゃんだぜ。お前はその息子だ。泣き虫やってる場合じゃねぇぞ」

口の端を釣り上げて笑う父親の顔を見ていると、少年の瞳からぽろっと滴が零れ落ちた。
しかしそれは一度だけ。
唇を噛み締めて、目を大きく見開いてそれ以上涙が落ちることを少年は堪えた。
その小さな背中を総悟はそっと盗み見る。
こんな年端もいかない子どもに大人の真似事をさせてごめんなさい。
誰に懺悔すれば許されるのだろう。
総悟は徐に少年の頭を大きな手のひらでがしがしと乱暴に撫でると、彼の手を引いて立ち上がった。

「帰って風呂入るぜ。そしてから夕飯の支度手伝え」

たまには二人で入る風呂も悪くない。
雨の中濡れそぼった身体を湯で温め、男同士の会話を交わすのだ。
少年は父親の手をぎゅっと握り返す。
習い始めの剣道で豆をたくさんこさえた小さな手だ。

「今日の晩御飯は何」

腹の虫がうずくのか、きゅうと鳴るお腹を彼は抑えながら期待に満ちた眼差しで総悟を見上げる。

「カレーでィ」

しかし。
総悟がそうきっぱりと言いきると、少年の顔は先程と打って変って思い切り不服そうに眉を寄せた。

「父ちゃんのカレー、しゃばしゃばだから嫌なんだよう」

生意気にそんな不満を口にする。

「馬鹿野郎。街の子どもはなみんなしゃばしゃばのシティーカレーで育つんでィ」
「野菜がいっぱい溶け込んだどろどろのカレーのがいい」
「そんなに言うなら、よその子になっちまいな。新鮮な野菜いっぱい取れる田舎で田舎の子どもになっちまいな」

投げやりに総悟が言葉を放つと、真っ赤に腫れた目を細めて少年はけたけた笑う。
雨の中。
傘も差さずに父と手を繋いで帰る道なんて恐らく寺子屋に通う子どもは知らないだろう。
父に傘で打たれる痛みも、母にマシンガンで追いかけられることを想像した恐怖もないだろう。

(無理もないか)

少年は真っすぐ顔を挙げた。
父の手を再び強く握り返す。

だって僕は宇宙最強の親を持つ、最強の息子なのだから。



じゃのめでおむかい
(あ、ちなみに明日母ちゃん帰ってくるから)
(本当!)



END.


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