※姫なサクラと護衛兵サスケ。 ※サクラは隣国の王子に嫁ぐことが決まってたんだけど、サクラの父ちゃんの部下が謀反を起こして政権取られちゃったから、前王族は処刑されることになった。 ※という↑設定だけが浮かんで来ただけなので、唐突に始まるよ。前後の話しとかないよ。 ※悲恋ではないつもりです。 ※サイはサクラの幼馴染。 ※結局のところ妄想乙。 「サクラはさ、駄目なんだよ。サスケくんを好きになっちゃあ」 昔、ある人にそんな事を言われたことを思い出した。デリカシーはない癖に、人の気持ちには敏感な奴だった。 彼の言う意味が今になってよく分かる。もしあの時に、サスケを手離していれば。きっと彼は私なんかに絆されることはなかったのだろう。 もうどれほどになるだろうか。方向の分からない森の中をずっと彼に手を引かれ走り続けていた。どんなに呼吸を繰り返しても酸素が足りない。浅く、早くその行為は繰り返され、同時に心拍数も上がっていく。もつれる足が木の根に何度も躓きそうになった。 背後から追ってくる兵の数は伺えない。けれども、そろそろ二人で逃げるのは限界であることはサクラにもよく分かった。 サスケは急に方向を変えると、小さな洞窟の中にサクラの身体を押し込んだ。 この森の地理を彼は熟知しているようで、ただ逃げ惑ってたように見えたが、恐らく此処が彼の目指した場所なのであろう。 闇が支配する其処は真っ暗で何も見えない。しかし、荒い呼吸を繰り返すサスケは真っ直ぐにその闇の奥を指差した。 「この道を壁伝いにまっすぐ行け。俺の生まれ里がある。俺の名を言えば、匿ってくれるはずだ」 私を逃がして自分は残るつもりなのだろう。今までずっと繋いできた手を離されて、漸くサクラは悟った。この人はまた、私のために命をかける。 「サスケくん、聞いて」 サクラは静かに口を開くと、小さく首を振った。 前王の娘であるサクラを捉えようと国中の兵が探し回っている今、捉えられたら最後、サスケだって例外なく処刑されるだろう。 もし、父が王の座を奪われることがあれば、こうなる未来を覚悟していたサクラにとっては、これ以上大事な人を危険に晒してまで生き永らえたいと思わなかった。王が変わったこの国にはもう私の生きる場所はないからだ。 嫌という程それはよくわかっている。 「サスケくんはさ、昔からずっと私の我儘に付き合ってくれたわね」 何から話せばいいか考えて、昔話なんかを思いだす。 忘れもしない。その日サスケは彼の父親と共に王宮を訪れていた。鍛治職人であった彼の父親が打った、最高級の品を献上しに来ていたのである。そんなサスケにサクラは一目惚れをした。まるで玩具を強請る子供のように。サクラは父親に頼みこんで、サスケを自分の護衛兵にした。 突然親元から離されて強いられた王宮での暮らし、幼いサスケが陰でどれほど泣いたのか、その頃の馬鹿な私は想像もつかなかったのだ。 サスケを側に置きたい一心で、彼の全てを奪った私をこの人は一体いつまで護り続けるというのだろうか。 「もういいのよ、サスケくん。私は姫じゃなくなった。貴方は私に恨みを晴らす時だわ」 サクラは乾いた唇でそう告げ、笑ってみせる。そうして腕を差し出した。この手で今度は私が彼を守る番。 「縛って、兵に引き渡して」 そうすれば、サスケは処刑を免れる。 彼の心も少しばかり晴れてくれるのいいのだけれども。こんなことで許される過ちだとは到底思っていない。 目の前に無遠慮に差し出された腕を、サスケは片手で簡単に掴み上げた。こんな痩せっぽちの腕で今更誰を守れると思ったのだろう。 この女は勝手だ。いつもずっとそうだった。サスケは唇を噛み締める。 「お前は、死ぬことが償いだと思ってんのか」 暗闇で彼の表情まで伺うことは出来なかった。けれど、両腕を掴む力といつもより低いその声が怒りに溢れていることだけは、分かった。 「確かにお前はもう姫じゃなくなった。罪人として市街に御触書まで出されてる今、お前を引き渡したら俺は助かるだろうな。今の王の元でまた護衛兵になることだって出来る」 彼女の言う通り、俺は全てを奪われた。故郷で父親の鍛冶屋を継ぐというささやかな夢は呆気なく崩れ去った。 あの日、王宮に行かなければ。サクラと会わなければと何度も彼女を恨んだ。 そうとも知らず、無邪気に笑いかけるサクラが憎くて憎くて仕方なかった。俺を好きだとこいつが言う度、俺は殺したいほどお前を恨んでるんだと、心の中で唱える時だけは少しだけ救われた気がした。 それがいつからだろう。気が付けば、彼女から寄せられる好意は苦しいほどにサスケを掻き乱した。惹かれてはいけない相手だと分かっていたはずだ。何より、惹かれるはずなどないと高を括っていた。 なんだってこいつは俺を好きだと思うなら、俺を護衛兵になんかしたのだ。 在らぬ気持ちを潜めたまま俺は他の男の元へ嫁ぐ彼女を一生一番近くで見守らなければいけないのだろうか。 いつだってサクラは残酷なお姫様だった。サスケが命を張って護ってきたお姫様だった。 お前の元でお前を護るためにしか生きてこなかった俺はお前のいない世界の何処に生きる意味を見つければいい。 サクラの腕を掴む手を緩めた彼は、その場に両膝を付いた。腰に下げた剣が洞窟中にがしゃんと音を響かせる。 外ではサクラを探す連中の気配が止まない。見つかるのも時間の問題だ。 暗闇にでもよく映える翡翠の瞳は訝しげにサスケを見つめた。サスケはゆっくりと腕を伸ばすと、息が整い切っていない彼女の体を恐る恐る引き寄せる。 王家の血を引く証明でもある彼女の眼がサスケは嫌いだった。彼女の瞳がこの色だから、サスケはサクラを抱きしめることさえ出来なかった。よもやこんな時に願いが叶うなんて思ってもみなかった。 「俺に償いたいと思うなら、せめてお前だけは生きろ」 サクラは自分を犇めく彼の腕が信じられなくて、思わず息を飲んだ。これが彼との別れだとしたら、余りに悲しすぎる。 きっと一生触れることはないだろうと思っていた温もりは、緩やかに諭す。何でもいい、ただ、生きて欲しいとの彼の願いが、嫌と言うほど伝わる熱。サクラが涙を流すには十分だった。 「サスケくん、それは私に死ねって言ってるのと同じだわ」 なぜ人は、大事な人に生きて欲しいと願うのだろう。貴方の居ない世界で生きる私の苦痛なんて、知りもしないのでしょう。 声が震え、喉が鳴る。この人の背に手を回して、どんなに縋りたかっただろう。ゆっくりとサクラの腕がサスケの身体を抱きしめる。 ねぇ、貴方は勘違いをしてると思うの。私があんまり好きだと言っていたものだから、自分の気持ちを錯覚してしまっているのだわ。 「こんな結末になるんなら、私はもうサスケ君を好きだなんて言わない」 サイの言うとおり、私は彼を好きになってはいけなかった。歯車はそこから狂い始めてしまった。 貴方は私を好きなんかじゃないし、だから、私だけ生きることを願わないで。 死んでもいいと思うほど、憎んでいて。 サクラの涙にちくりと胸が痛むものがあった。それでも、命を賭さなければこの人を護れないことは何よりの事実だった。 サスケは宥めるようにサクラの背中を優しく撫でながら、息を吸って目を閉ざす。 「サクラ、俺は絶対に戻る」 そう本気で思っているなら、此れが二人の最後であるかのように私を抱き寄せるべきじゃなかった。ましてやそんな嘘、気休めにもなりやしない。 罰なのだ。これは彼の気持ちに寄り添えず、無知であった私の罪。 私の手から一番大事な人が零れ落ちる。 彼の居ない世界で私は死んだように生き続けなければならない未来を遺して。 サスケはサクラをそっと離すと、胸に忍ばせておいた短剣を彼女に手渡した。剣術は王宮で良く指導した。護身としての彼女の腕は秀でたものすらあった。 「俺は昔に人生をお前にやった。今度は俺がお前の人生をもらう」 罪人同士、派手な暮らしは出来ないが、貧しくも仲睦まじく暮らせて行けばいい。今まで触れたくても触れることの出来なかったもどかしさはこれから時間を掛けて取り戻せばいい。お前が俺を好きだとそんなにも泣くのなら、お前が飽きるくらいに一緒に居ることだって出来るから。 だからどうか、お前は生きてくれ。 サスケはサクラの頬を流れる涙を掌で拭った。それでも泣くなとは、言えなかった。 一国の姫の為に剣を振るうのは、これが最後。 この人にまた笑顔が戻る未来をサスケは諦められそうにない。 END. |