俺はとんだマゾヒストなのかもしれない。
もう思いの届かない奴に、今更恋心を持つだなんて馬鹿げ過ぎてやしないか。
女なんてその気になればいくらでも手に入るんだと卑屈になってしまった今でさえ、いや恐らく今だからこそ、彼女が欲しいと望む。
どんな美人よりもどんな巨乳よりも、不細工で貧乳の彼女がいい。
俺はいつだって俺が苦しむ選択をするマゾヒストだ。

ナルトがサクラにプロポーズをしたと、俺には真似できない照れくさそうな顔で言った。
犬よりも分かりやすいサクラの返事など聞かずとも分かりきっていた。
大事なはずの悪友の門出だ、おめでとうが相応しいのだろう。
俺が無愛想でよかったとこの時ばかりは自分の顔に感謝した。
気味悪いくらい満面の笑顔のナルトに呆れるふりをしてそっぽを向いた。
ご愁傷様。
精一杯呟いた、祝福の言葉。








「美人と金持ちと優しい女、誰がいいと思う」

突然の問いかけに、華やかに彩られた彼女はその翡翠色した瞳を丸くした。

「お前なら誰選ぶ」
「私?」

酒がまわっていることは自覚していた。
ポーカーフェイスを気取りはするものの、正直酒は強くない。
顔に出ないせいもあって、周りには酒豪だと思われていた中、サクラだけが真実に気付いて宴の席から俺を連れ出してくれた。
馬鹿な女だ。
酒をかっくらった男など野獣以外の何者でもない。
二人きりになるなど、なんて舐められたものだ。
先程の問いかけに真剣に悩んでいたようだったサクラは、宙を睨みつつも冷たい水が入ったグラスを俺に差し出した。

「優しい女かな」

襖一枚隔てた隣の部屋からは、頭が痛くなるほど騒がしい声が止まない。
サクラの声など掻き消されたことに出来るほど。

「俺も結婚しようと思ってな」

グラスの水を一気に喉に流し込んだ。
自棄で発した言葉は恐らく正常な俺が出したものじゃない。
サクラが数回瞬いた後、嬉しそうな笑顔を作りかけたのを俺は見逃せなかった。

「そうなの!おめで」
「冗談だ」

なんて腹立たしい。
彼女の全身から、もう俺を好きではないと告げられるようで。
サクラが俺を好きでいたのはもうはるか昔のことだ。
今更、彼女に嫉妬を望むなど何を期待していたのだ。
虚しさが一気に募るだけだった。

「結婚なんかするかよ」

吐き捨てると、サクラが少し目を伏せた。
そんなことにさえ気になる自分に嫌気が差した。

「何で俺じゃ駄目なんだ」

見っとも無い。
子どもの駄々と一緒だ。

「何でナルトがいいんだ」

酔っ払いの戯言だと思って、はいはいと宥めて欲しかった。
しかし。
サクラは急に泣きそうな顔で、無理やり笑った。
それがよく分かった。

「ナルトがナルトだからよ」

そんなもん俺だってそうだよと言いたかった。
サクラがサクラだから俺はお前が欲しいんだ。
お前と全く同じ顔で、同じ声で、同じ性格で、同じ身体をした女を探したところで、辿りつくのはお前だということを知っているから。
どうすれば手に入れられるのだろう。
もどかしくて、泣きそうになる。
気持ちが高ぶったことを自覚すると共に、サクラを押し倒していた。
ぽかんと俺を見上げる瞳に、言った。

「俺がお前を今ここで抱いたらどうなる」

恐らくナルトとは縁を切ることになる。
里中からは白い目で見らるだろうことも今に始まったものじゃない。
お前に嫌われたとしても、これでお前は俺を一生忘れることはなくなる。
恨まれて、憎まれて、お前は俺に囚われたままでいい。
サクラは飛びきりの笑顔で微笑んだ。

「やってみなさい。お腹に穴が開くわよ」

今現在犯されそうな女が吐く台詞じゃない。
どんだけ勇ましい女なんだよ。
あまりのらしさに噴き出しそうになったが、辛うじて堪えた。
お腹に穴が開くだなんて恐ろしすぎる。
お陰で少しだけ酔いが醒めた。
サクラの身体を解放して、盛大な溜息をつく。

「冗談だ」
「サスケ君でも冗談言うのね」
「今練習中だ」

軽く肩を竦めると、ふうんとサクラは笑った。

「最後の冗談、面白くないから私以外にしちゃ駄目よ」

全てを見透いた上でこの台詞が言えるのか。
なんて狡い女だろう。

「サクラ」

隣の部屋に戻ろうと襖に手をかけたサクラを呼び止めた。

「ん」

笑って振り返るこいつは、もう欲してはならない人。

「好きだ」
「それも冗談かしら」
「ああ」

そう、全て冗談だ。
彼女を好きだと思うことも、サクラが手の届かぬ人となってしまうことも。
冗談であることさえも冗談だ。

「サスケ君」

立ち止まって少し考えたサクラが、俺の名を呼ぶ。

「愛してるわ」
「冗談だろう」
「ええ」

知っている。
冗談でさえ、彼女の口が俺に愛を告げたそのことが嬉しいと感じたのは酒のせいにした。
サクラが出て、とうとうこの部屋には俺一人になった。
月明かりだけが照らすこの部屋は不思議と居心地がよかった。
窓際に凭れ掛って、窓の外を見る。
お前がいいって言ったんだ、優しい女を。
だからまだ、俺は俺自身を解放してやることはできそうにない。



END.

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