人が惹かれる理由なんて、思ったより単純なのかもしれない。 例えばその声だとか、無骨な手だとか、男らしいその背中だとか、一つでも答えることが出来るのならまだしも、サクラの場合、それすらも満足な答えを見つけられず、いつだって言葉の船を難航させる。 大きな括りで言えば、顔は好きだ。酷く綺麗に整った顔。 けれども顔が好みの男の子なんて、きっと世の中にはごまんといる。 じゃあ性格はどうだろうか。よく言えばクール、悪く言えば無愛想。 そんな彼を構成する条件を満たす男もまた、世の中にはごまんといる。 小学生の時の記憶では、他より少しスポーツが出来る、少し大人っぽい、ただそれだけで人を好きになることができた。 髪型が恰好よかったのだとかいった友達は、その彼が髪を切ってきてしまうと、それだけで好きじゃなくなったりもした。 周りが好きだと言ったから好きに思えた。 そんな幼稚な感覚で、サクラはサスケが好きだった。 ひとときの恋。 気がつけば自分は高校生になっていた。 当時、一緒になってサスケに熱を上げていた子の中で、恐らくまだ彼に思いを寄せている者はいないだろう。 そういうサクラも、高校でまた彼と一緒にならなければ忘れていた恋だった。 同じ高校で再会した彼の綺麗な顔はやはり変わらなかった。 それなりの取り巻きもできていた。 そんな彼とはいわゆる幼馴染であったのに、自然と口は利かなかった。 最早、彼が小学生以来の私を覚えているかどうかもわからなかったし、かといって、小学校同じだったよねと自分から話しかけに行くほど彼と仲良かったわけではない。 それに自らが望まない限り、彼とは一生交じり得ないポジションに自分はいた。 成績が上位、学校生活も品行方正という理由だけで指名されたクラス委員長。 職務内容はもっぱら雑用が多い。 主にサスケをはじめとするいわわゆる不良という輩との連絡係とか。 そういう意味ではサスケとは一番関わりがあったのかもしれない。 終点間近の電車内は、寂しい位に広く感じる。 廃れかけの駅まで乗客を揺らす電車の窓からは、真っ黒に染まった戸外が広がった。 文字通りの優等生であるサクラは電車内で参考書を開くことを忘れない。 通学時間の無駄がサクラには我慢ならないのだ、いつもなら。 今日は、参考書が詰め込まれた鞄を行儀よく揃えられた太股に置いたままサクラは揺れる電車に身を任せていた。 あえてか偶然か。 空の座席だらけであったにも関わらず、わざわざサクラが座っている隣に腰を下ろした男は、無遠慮にもサクラの肩に頭を預けたまま微動だにしない。 黒い前髪が電車の揺れに合わせてさらさらと動く。 広い広い車内の閉鎖的空間。 男とぴったりとくっついている太股は意識しないことにした。 恐らく気まぐれだろう。 私の隣に座ったのも、居眠りがてら私の肩に頭を寄せるのも。 ならばその彼を起こさないように、じっと息をひそめる私もまた気まぐれなのだ。 車両連結部分の扉が、鈍い音を立てて開けられた。 一人の男が、茶色い頭を掻きながら現れた。 だらしなく弛んだズボンに繋いだチェーンがちゃりちゃりとサクラの嫌いな音を立てる。 その音に目をやることもなく、向かいの座席背もたれをサクラはじっと見つめた。 「ねぇ」 足音が、サクラの視界に入りこんだ。 向かいの座席に男の腰は降ろされる。 人懐っこそうな笑みを浮かべた男は、無視を決め込んだサクラに続けて声をかけた。 「君の彼氏?」 主語は言われずともわかる。 サクラの肩にまるで甘えるかのように雪崩掛かる男のこと。 「まさか。違います、知らない人」 思わずサクラは反応してしまった。 気付いて自分で口噤む。 否定は事実だ。 その事実を口にして、心にちくりと痛みを覚えた。 疼いたのは遥か昔の記憶。 風化しない彼への想い。 目の前の、男がぷっと吹き出した。 「いるよね、迷惑な人って。寝てもいいけど、巻き込むなってのな」 何も知らない男はからからと下品な笑い声を上げる。 今度こそサクラは無視を決めた。 「君、次の駅で降りるの」 一頻り笑い終わった男の問いに返事はしなかった。 聞こえないふりなど今更だろうが、返事をする義理もなかったので、只サクラは目を伏せた。 「俺ちょっと乗り過ごしちゃってさ。次の駅まで友達が車で迎えに来てくれるんだけど、暇だし一緒に遊ばない」 こいつは頭がおかしいのだろうか。 本気でそう思った。 何を思って、この男は見るからに真面目堅物の女を遊びに誘うのだろうか。 そんなものは、同じレベルの人間同士でやってくれ。 生憎、次元の低い誘い文句なんかを真に受けるほど私は暇じゃない。 「帰りは家まで送ってくよ。ご飯もおごるしさ」 一度の無視なんかではへこたれない男の神経の図太さは見習うべきだと思う。 (しつこいな) 無言のままサクラは眉を少し動かした。 なんだってこの逃げ場のないところで声を掛けるのだろうか。 いや、逆か。 逃げ場のないところだからか。 男は俯いたサクラの顔を覗き込むかのようにして、前のめりになった。 視界の端に移った明るい髪の毛が気に入らない。 「ねぇ」 強請るような。 甘い語尾に寒気さえ覚えた。 とうとう拒絶を言いたくてサクラは口を開きかけた、その時。 思ってもみない熱が、サクラの手を掴んだ。 鞄の上に揃えられた、手。 重なるのは気まぐれ男の骨ばった、手。 「サクラ」 初めて聞いたかのような低い声が、宥めるような響きを持ってサクラを制した。 サスケの指が、慣れた手つきでサクラの指を絡めとる。 思わずその根源を振り向いてしまった。 こんな状況であるのに、彼が寝ぼけていることを瞬時に願ったが、刹那交わったサスケの瞳が演技とは到底思えないほど優しい色に変わる。 「まだ怒ってんのか。悪かったって言ってんだろ」 相変わらずの無表情で繰り出される台詞は滑稽なほど不釣り合い。 言葉の意味も、彼の意図さえわからなくて、サクラはただ呆然とするほかなかった。 目の前の男も驚いたように首を竦める。 「え、何、彼氏だったの」 サスケが視線だけ男に向けた。 元より必要以上の言葉は発しない人だ。 言葉を伝える手段は視線のほうが長けているのだろう。 射るような、鋭い眼差しを浴びて、男は舌打ちをした。 サクラは何も言えないまま、サスケに繋がれた手を解くことさえできないまま。 密やかに蠢く彼の指からは、熱がサクラを浸食してくるかのように伝わった。 来た時と同じようにちゃらちゃらとした音をさせた男が隣の車両へ移動していった。 ドアがばたんと閉まる音で、本当にこの車両には二人きりなのだと今更ながらに再認識する。 心の奥底にあった、性質の悪い感情がゆっくりとまた動きだす。 「知らない人に助けられた気持ちはどうだ、委員長」 サクラはやっとサスケに目をやった。 言うだけ言って、彼はもう目を閉ざす。 また延長してサクラの肩を借り続けた。 (性格悪い) ――『まさか。違います、知らない人』 咄嗟にそう否定した言葉の挙げ足を取るなんて。 サクラは先程までと同じように、男の消えた座席の背もたれに視線を戻した。 お礼の一つは言うべきなのかもしれない。 けれど屁理屈をこねるなら、私は助けてなんて言っていない。 彼に助けられなかった自分が今、どうなっていたかなんて知る由もないが。 耳元を微かに揺らす彼の寝息が今度はこそばゆかった。 重なった手はどういうわけか離れない。 思いのほか強い力で、彼はきつく握り締めていた。 (きっとこれも気まぐれ) 助けたことも、手を絡めたことも。 恐らくはサクラの名を覚えていたことさえも。 いつだってサスケの気まぐれは、サクラを無力な存在にするようで。 ああ、そうか。 微かにサクラは笑った。 子どもの頃からの彼を好きな理由を挙げようとすればそんなこと。 私の存在を消してくれるところ。 笑ってしまうほど単純な彼への想いは、今でも風化することもなく。 かといって昇華されるわけでもないまま、宙ぶらりんの状態でサクラの意識の根底に根付いていた。 それは、囚われるというよりも、蝕まれるような厄介な恋心。 END. ネタを勝手に参考しましたm(_ _)m BURN!!!さま ありがとうございます! 続きを自己嫌悪症候群で連載しています。 |