酷く喉が乾く。
火照った身体をサスケは起こした。
そう広くないベッドに落とされた影は二つ。
傍らを見やると、闇夜だろうとお構いなしに桃色がよく映えた。
まるで死んだかのように眠りこけているサクラを起こさぬよう、サスケはそっと寝室を抜けた。
酒を飲んだ後の情事は、いつも夜中に渇きを齎す。
静まり返ったダイニングへ赴き、サスケはグラス一杯の水を潤いを欲しがっていた喉に流し込んだ。
はぁ、と一つ息をつくと、キッチンの小窓から月が覗いているのに気がついた。
綺麗な満月だ。
サスケは、つい見惚れてしまい、ダイニングテーブルに腰掛けて暫くぼんやりと時が流れるのを待った。
まだ酔いの抜けない頭では、時間の感覚が皆無であり、恐らく長い時間そうしていたのだと思う。

惚けていた気を再び起こされたのは、寝室の方から慌ただしい物音が聞こえたからである。
ああ、またか。
特に驚くこともせず、サスケは手にしていたグラスをシンクに置いた。
どたばたと足音が近づき、扉の向こうから、蒼白な顔をしたサクラが現れた。
お化けのように真っ白いシーツを全裸の体に羽織っただけ。
サクラの碧眼がサスケを捉えると、勢いよく彼女はサスケに飛びついた。

「びっくりするじゃない!勝手にどこかに行かないで!」

金切り声でサクラが泣き叫ぶ。
たまにこういうときがあるのだ。
普段に見られる変化は一切ないのに、一緒に暮らし初めてから夜な夜なサクラは不安に駆られて飛び起きる。
泣いて、叫んで、サスケが宥めるとやっと、また眠りに誘われるのだが、朝になると本人はそんなことがあったことは全く覚えていない。
まるで別人なのだ。

いつもは強気でしっかり者のサクラからは想像もつかないほど泣きじゃくる姿は、恐らく自分だけしか知らない。
力を込めて抱きついてくるサクラの華奢な肢体をサスケはいつも包み込むように犇めく。
心臓部に頭を傾けさせ、己の鼓動を聞かせた。
それが唯一、サクラを落ち着かせる方法。

「大丈夫だ、何処にもいかない」

そのセリフが今のサクラに何の意味も持たないことをサスケは知っていた。
彼女の耳は何も聞いていない。
やがて肩を上下させ、サクラは呼吸を整え始めた。

「好きなのよ、サスケ君、好き、好きなの」

切れ切れに繰り返される愛のことばも、涙に濡れると苦しくてならない。
胸が締め付けられるという感覚をサスケは初めて知った気がした。
そっと目を閉ざす。
昔のような、笑顔が溢れるサクラの「好き」をもう何年聞いていないだろう。
サスケは抱きしめた彼女の頭を優しく撫でた。

「サクラ」

尋ねるように、囁くように、大切にその名を呼んだ。
しかし、この時のサクラは名を呼んでも朧げで、

「愛してる」

耳元でどれだけ真実を叫んでも、届いてはくれない。

「愛してる」

普段なら決して口にすることのない気持ち。
そこに一切の偽りはない。
彼女に響くことのないセリフをそれでもサスケはしつこく繰り返した。

「愛してる」

かつてサクラが届かないと知りながら何度も何度も告げた愛は、確実に今自分の胸にあるのだ。
サクラを愛に狂わした代償にしては安すぎるかもしれない。
それでも、届かないと知りながら、今度こそ届いて欲しい気持ちをサスケは今日も繰り返す。


サクラの笑顔が此処に戻ってくるまで。


END.



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