昔からあいつのことは弟だと思ってきた。
いつの間にか私より大きくなった彼がいつになく真剣な瞳で、好きだと言ったとき、偽りなく嬉しくて、差し伸べられたら手を取ったのは紛れもなく己の意志。
恋など知らない、十四の夏。



(きっとこれは、いけないこと)
胸が哀しみに押し潰されそうだ。
辛うじて息をする事だけ許された空間に、人影が近づくのがわかった。
カーテンを締め切った夕暮れの部屋には、一足早い夜が訪れる。
影がサクラが座っているベッドに、腰を下ろした。
小さくスプリングが跳ね、サクラの体は小さく揺れた。
彼の体温が密接する。
気恥ずかしさに距離を取ろうとすると、サスケがゆっくりと手を伸ばす。
右手は己が身体を支えるためにベッドに当てられたらまま、左手は柔らかなサクラの頬を包み込んだ。
上を向かされるがまま上を向いて、出会った瞳から思わず目を逸らそうとすると、唇に熱が落とされた。
ドキンと一つ鼓動が跳ねたが、抵抗しても逃れられそうになかったのと、この熱が自分に与える幸せに酔って居たかったのとで、そのまま流れに身を任せた。
やがてゆっくりと唇が離れると、自由になったサクラの口が、囁くように問うた。

「――…からかっているだけなら、此処で止めたほうがいいわ」

言ってサクラは何を口走ったことかと己を諫める。
彼が本気であることは、他でもってない自分が一番知っている。
伝わる熱も、らしくなく微かに震えていた彼の唇も今、私の為だけに与えられたもの。
からかわれていることにしたかったのは、サクラのほうだった。
そうすれば、また明日から、普通にサスケに挨拶ができる。
ナルトと登下校を共にして、休み時間は他愛ない会話で三人盛り上がって、何食わぬ顔でナルトと唇を交わすのだ。
サスケへと迷った気持ちに鍵をかけたまま、このままナルトの優しさに甘え続ける。
そのことに罪悪感を感じながら、一生一人で苦しめばいい。

「お前こそ、ナルトを裏切る覚悟がないのなら、こんなところについてこなければよかったんだ」

どれほどの気持ちでこの人は今私を抱こうとしているのか、予想出来なかったわけじゃない。
三人でいるときには絶対に見せないサスケの真剣な眼差し。
それがサクラを絆して止まない。
サスケの勉強を教えるという名目で何度かこの部屋には足を入れたことがあった。
ナルトに変な詮議を掛けられては堪らないからと、内密にすることを望んだのはサクラから。
きっとサスケは知っていたのだ。
サクラがそう言いだすことも、そんなサクラを徐々に自分のものにすることも。
サスケの顔が近づいて、もう一度サクラを捉えた。
そのまま、後ろのベッドに押しやられる。
彼の影が覆いかぶさって、サクラの指先が自由を奪われた。

「…ん…っ…は……ぁっ…」

互いに貪るように深く深く舌を絡められた口付は、サクラの理性を狂わせる。
唇の端からとうとう艶めかしい吐息が漏れ始めた。
恥ずかしさに顔が赤くなるも、抑えつけられている強い力がサクラの身を捩ることさえも許さない。
昨日繋いだナルトの手よりも少し大きくて無骨な彼の手が、嫉妬を示す。
熱を孕んだまま唇が一度離れた。
右手はサクラの腕を抑え付けたまま、サスケは左手で首元を窮屈に圧迫していた制服のネクタイを緩め、しゅるしゅると解き放つ。
ベッドの上に無防備に放り投げられた。
器用にも片手で、シャツのボタンを上から順番に取っていく。
暗闇の中でも良くわかる。
徐々に肌蹴るサスケの身体は一切の無駄がない。
引きしまっていて、思わず見とれてしまうほど、彼が男であることを改めて実感させられた。
これ以上に無いほど激しく脈打つ鼓動は痛いくらいだ。
サスケの整った顔が、サクラの首筋に埋められた。
そっと口付が落とされたかと思うと、柔らかい舌先がつうと伝う。

「…っあ…!」

びくっとサクラの身体が痙攣した。
サスケから与えられる快感は、まるでどうにかなってしまいそうだ。
彼の指先が、サクラのブラウスのボタンを弾く。
この恥ずかしさはどうしたらよいのだろう。
胸元を隠す下着だけがそのままで、サスケがサクラの真っ赤な耳元で囁いた。

「嫌なら抵抗したらいい」

それが優しさなのか、狡さなのか。
サクラは目を閉ざし、首を振る。

「大丈夫。覚悟はできてるの」

サスケに抱かれる覚悟、ナルトを裏切る覚悟。

ただ愛を知っただけ。
けれど言いかえれば、ただ愛の為に長年の友達を裏切ることになる。
サスケは一度目を閉ざした。
此処まで来て、もう後戻りは許されない。
サクラを渇望したのは己の欲。
ナルトを裏切ってまで、哀しめてまで、こいつを手にしたいと思ってしまった。
懺悔すらすることは許されない。
それでも後悔はしていない。
もっと上手に愛を知り、もっと上手に気持ちを伝えることが出来たら。
そんなこと、今更過ぎた。

夕暮れさえも許さない小さな部屋の中で、禁忌を犯した。
いけないことを知りながら、互いを求め、愛し合った代償はいつになれば償えるのだろう。



END.

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