一年に一度。
昇進だとかそんなことで少なからず世間が浮足立つ時期がある。
幼い頃にあった中忍試験もこの位の季節であったか。
上から有り難いお話が来ているのだと綱手に呼び出されて火影室まで赴いたものの、その有り難いお話とやらのくだらなさにサスケは一蹴した。
綱手もそれは想定内であったので驚くことはなかったのだが、またとやかく口うるさい老人の相手をしなければならないと思うとさすがに骨が折れるというものだ。
頑固であるところは夫婦よく似ていると綱手は苦笑する。

「何度断られても飽きないね、お偉方は」

そのお偉方にはあんたも含まれるだろうとサスケは思ったが、口にはしなかった。
他とは考えの違うこのお偉方のお陰で、今自分の要望を通してもらっているのだから。

「それにしてもお前も其処まで頑なに嫌がるか、暗部入りを」

里でも随一の実力を持つサスケに暗部への誘いがこない訳がなかった。
サスケにとっても悪い話でなかったのは事実だ。
それでも、今はまだ家族の時間を削られることは痛すぎるのだ。
一年前。
予定日より一週間も遅いサクラの出産は多くの危険が伴ったものの、長時間に及ぶ分娩の末、なんとか母子共に命は取りとめた。
しかし、元より危険を承知の出産である。
産後のサクラの体調はあまり好ましくなかった。
サクラは出産により抵抗力が低下した為に高熱を繰り返すことも多く、一時は命の危険さえも懸念された。
今でこそ順調に回復を見せて、出産から半年やっと退院を許されて普通の生活に戻ることができたのが奇跡に近いと助産師に言われた。
暗部昇進の話が来たのはそんな頃であった。
暗部ともなれば給与は今よりも格段にあがるのだが、その分長期の任務が入ることも増える。
晒される危険もまた同じだけ。
この乱世を生き抜く為にはそんな我儘が通らないにしても、甘えだと罵られても、まだ身体の弱いサクラと乳飲み子を残して家を開けることなどサスケにはどうしても考えられなかった。
その分綱手に迷惑をかけていることがさすがのサスケも心苦しく感じていたのだが。
忙しくしていた綱手のこれ以上邪魔になってはいけないと思い、サスケは大人しく部屋を出た。
今日の分の報告書を出し終わって、帰路につく足を速める。
陽はだいぶ西に傾き、橙色に染まるうちは邸の玄関を開けると、サスケは一つ疑問に思った。
今日はやけに静かだ。
誰かさんに似て元気いっぱいの我が子の雄たけびが聞こえて来ない。
サスケを出迎えることを忘れないサクラの姿もない。
こうなってしまえばあの二人が今どうしているか想像容易い。
出来るだけ音をたてないように、ゆっくりとした足取りでサスケは廊下を辿ると、予想通り心地よい寝息が聞こえてきた。
そうっと居間をのぞく。
其処には、仰向けで小さな腹を上下させる乳飲み子とその横に沿い寝したまま眠りこけているサクラの姿があった。
寝顔なんて更にそっくりで無意識にも笑みが零れる。
風邪をひいてはいけないと、自室から毛布を持ってきてサスケは二人に優しく掛けてやった。
この瞬間が堪らなく愛おしいとそう思えるほど、怖いくらいの幸せはいつだって此処にあるのだ。
うちはの為ではない、里の為でもない。
只この二人の為だけに今の自分があると言っても過言ではない。
サスケは赤子の傍らにサクラにならってごろんと寝転がった。
まだ乳臭いこの子の仕事は寝ることと食べること。
今仕事の最中である娘の胸にサクラの左手が置かれている。
サスケが己のそれを重ね合わせた。
指と指を絡めて、熱を共有して再確認する。
この手の中にまだ己が残っていることを。
重ねられた細いサクラの薬指には銀色の指輪が誇らしげに煌めいていた。


END.

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