いつの間にか来た朝は、ダイニングテーブルに突っ伏して眠っていたサクラを優しく起こす。
昨日泣きすぎて痛い頭を抱え、身を上げた。
テーブルの上にラップして置いておいたサスケの夕飯は全く手付かずのまま残っていた。
どうやら昨夜は帰ってこなかったようだ。
結婚してから一度も外泊だけはしなかった彼が初めてした外泊が喧嘩途中のものだったなんて。
哀しさというよりも虚しさを抱えたままサクラはおかずを冷蔵庫に押し込んだ。
サスケの真剣な瞳が頭から離れない。
無意識にお腹をさすりながら、サクラはまた泣きそうになった。
長期の任務が入ったから堕胎しろなんてそんな理不尽な話はない。
結局彼は本当の理由は言わなかったが、そうであってほしくない一番の理由を考えられずにはいられなかった。
(サスケ君にとって私の妊娠は、望んでいなかったのだ)
この子を産みたい。
サクラにとってみれば愛する人との間に出来た子なのだから。
けれど産んだとても、サスケに愛されない我が子はどれだけ不憫だろう。
いっそ彼の言うとおり産まないほうがよいのかもしれないとまで考えさせられてしまう。
目頭が熱くなった。
涙が途切れることはない。
誰のための涙か、わからなかった。
サクラは手の甲でぐいっと拭った。
その時。
玄関のインターホンがけたたましく鳴り響く。
(こんな朝早く誰だろう)
怪訝に思ったが、今の自分の酷い顔を思い出してサクラは出ることを躊躇った。
こんな顔誰にも見せられない。
とりあえずシャワーでも浴びてこようかと踵を返した時。

「不用心だね、開けっぱなしなんて」

聞きなれた声が背後から飛び込んでサクラが勢いよく振り返る。
驚きで鼓動が高く跳ねた。

「サ、サイ!あんた勝手に」
「ちゃんと居留守するなら鍵くらい確認してください。僕は試しに開けたら開いたんで入ってきたまでだよ」

いつもの笑顔を貼りつけて、流暢にサイはそんなことを言ってのける。
すると、何かに気付いたように彼の表情が急に真顔になった。
真っ赤に腫らしたサクラの瞳を覗き込んだ。

「いつもに増してブスに磨きがかかってるね」
「……」

はっとしてサクラはサイから顔を背けた。
いつもなら此処で拳が跳んでくるはずなのにそれがない。
サイが訝しげに首を擡げた。

「サスケ君と喧嘩でもしたの」
「そんなんじゃないわ。で、何の用なの」

サイと話しているとペースが乱される。
早く会話を終わらせたくて、半分八つ当たりにも似た感情を彼にぶつけた。

「火影様から言伝を預かってきたんだ。サクラは暫く任務から外れるようにと」

無理もない。
腹に子を抱えているのだ。
任務に支障をきたすかもしれなし、何より自分の身体が壊れるかもしれない。

「わかったわ。伝えてくれてありがとう。あんた任務あるんでしょう、さっさと戻らなきゃ」

そうだね、とサイは返事したにも関わらずその気配は動かない。
とうとう痺れを切らしてサクラがサイを振りかえった。
早く帰りなさいよという台詞が飛び出すはずだった唇は、サイがずいっと差し出した人差し指によって遮られる。

「思い出した、こういう時なんて言うのか」

そう言ってサイは笑う。

「何が」

思いっきり顔を顰めてサクラはサイを見やった。
にこにこと笑顔のまま、サイが言った。


「"今夜あたり、一杯どう"?」


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