四天 | ナノ


本命でいいなら、


バレンタインデーなんてもんを初めに考えた奴は、どないな気持ちやったんやろう。そいつはきっと、俺みたいな人間を想像しとらんかったんや。まぁ、俺はその時代の人間ちゃうから、想像できひんかったとしてもしゃーないんやけど。
両手を使うても持ちきれへんチョコレートの山に、俺は苦笑いを浮かべるっちゅー動作しか思い付かんかった。



「うわ、すごいね、蔵。ちょっと持ってあげようか?」

「おおきに。」



苦笑いを浮かべる俺に、俺の想い人である名無しさんも俺に苦笑いを向ける。っちゅーより、名無しさんも苦笑いくらいしか、いい反応が思い浮かばなかったみたいや。
俺が答えると、途端に部室に走り込む名無しさん、数秒遅れてガタッゴトゴトゴトバタバタバタバタと何かが床に落ちる音。そして戻ってきた名無しさんの手には、部活でボールを入れとるカゴとドリンクのボトルを入れとるカゴの計四つが握られていた。きっと、部室の中は大惨事やと思うけど、その優しさに思わず顔が綻ぶ。



「カゴあった方が持ちやすくていいよ!」

「ふ、」

「え、あたし何か面白いこと言った?」

「いや、別に。せやけど可愛かったさかい、思わず笑ってもうたわ。」



言えばほんのりと顔を赤くする名無しさんに、俺は思わず微笑んだ。
それから、名無しさんが持ってきたカゴを受け取って、名無しさんと一緒に部室から教室までの道のりを歩く。どこぞの金持ちなお坊っちゃまは運んでくれる人がいるんやろうことを考えると、この光景は滑稽すぎて笑えた。
やからって財前みたいに、こないなとこでもらっても邪魔なだけや、教室持ってこいや、なんて言えへん。



「蔵、疲れてない?」

「あー、まぁ、ちょっとな。」

「殆ど逆ナン状態だったもんね、さっき。」

「チョコだけやのうてデート、なんてほんま恐ろしいわ。」



なんて、疲れとる理由はほんまはそんなことちゃう。「大変だねー」とか言って呑気にしとる名無しさんに問題があるっちゅーことを本人は気付い……、とらんみたいやな。
じっと見つめていれば、名無しさんと目があって。数回の瞬きの後に首を傾げられたもんだから、紡ごうと思っていたものを飲み込んでしまった。



「どうしたの?」

「……いや、何でもないわ。」

「あぁ、そう。」



こんなにも持ちきれない程のチョコレートを運んどる最中に、サラッと「名無しさんからのチョコレートは?」なんて聞けるはずない。例の後輩ならまだしも、そないなキャラを持ち合わせとらん俺なんかが、この状況で。もしも「え?どうしたの急に。」なんて言われたら、もう一生名無しさんと話すことはおろか、こうやって2人で歩くことすら出来なくなる。

とは思うものの、男としてこのチキンはどうやろか。ヘタレで有名な親友ちゃうんやから、ここは勇気を出して聞いてみるんが男ちゃうんか?フラれたらボケで誤魔化すんが四天宝寺の生徒やろ!笑かしたもん勝ち、勝ったもん勝ちが四天宝寺テニス部や!頑張れ蔵ノ介!無駄なくサラッと聞いてまえ!



「あっ、あんなぁ、」



やらかしたぁぁぁぁぁ!
最初から裏返るしどもるってどないやねん!



「あのー、聞いてみたいことあるんやけど、」

「ん?」

「もしも、ほんっまにもしも、例えば、その、名無しさんは誰かにチョコレートあげたりせぇへんの?テニス部の人とか、お、俺とか……」



何が無駄なくサラッと聞いてまえ、や!無駄ばっかりやろが、俺のアホ!あーもう自分がどこぞのヘタレみたいなんがめっちゃ悲しい。キャラも何もあったもんちゃうやろ。何しとんねん俺!
そして肝心の名無しさんはと言えば、目をぱちくりさせたかと思えば、小さくプッと吹き出した。



「要するに、あたしからチョコレートが欲しいの?」

「………はい。」



要されたら俺の答えが二択になるのをわかった上で、名無しさんは俺にそう聞いたんやと思う。名無しさんの、まるで俺を嘲笑うかのようなニヤニヤ顔がそれを物語っとる。
やけど、次の瞬間、名無しさんから発せられた言葉に、俺も同じ顔をすることとなった。


本命でいいなら、

(そ、それって、その……もしかして?)
(っ、こういうのは男から、)
(日本のバレンタインに感謝やな。)



(20120330)

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