小説 | ナノ
恋模様




▼とても小さくて、とても大きい


「ちょっと、ストップ!」
あれもほしい。これもほしい。何でもかんでもカートに入れていく彼を制したのは、これで何回目だろう。
 高校の時からずっとお付き合いしていた彼と、同じ苗字を持つようになったのは二年ほど前。あたし達はそれだけでも十分に幸せだったのだけれど、嬉しいことに家族が増えたのが一年ほど前。ママとして、パパとして、人生で初めてのクリスマスを楽しませてあげたい気持ちは同じだ。
 けれども、それはそれ。ベビーグッズやおもちゃが沢山売っているお店へと買い物に繰り出したはいいが、子どものためだから、と何でもかんでもカゴに入れる彼。初めての子どもで、しかも彼が願い続けた女の子だ。可愛がりたい気持ちも分かるが、一歳に満たないような子どもに、そんなに多くのおもちゃは要らない。それに、似たようなおもちゃばかり集まってしまっても仕方がない。
 そもそも、自分が赤ちゃんの時のクリスマスなんて覚えていないのだから、そこまで気持ちを入れる必要はないと思うのだけれど。そう言うと「覚えてなくても感情はあんだろ」なんて一蹴されてしまったのだから、何も言い返せない。まさか彼がここまで親バカになるなんて思いもしなかった。
「この服可愛いな」
「あたしには全然可愛いとか言ってくれないのにね」
「あ? 拗ねてんのか?」
 そうじゃない。親バカっぷりをバカにしたつもりなのに、全く伝わらないところが憎たらしい。高校の時は誰よりも男前で、みんなが憧れる「漢」だったのに。今は緩みきった頬を隠すこともせず、愛娘を抱っこして。時折、そちらに笑顔を向けながら歩く姿など、あの頃は想像もしなかった。
 彼が娘を可愛がっていることは嬉しい。家事も育児も積極的だし、今だってこうして抱っこを代わってくれるし、助かることばかりだ。けれども、どんなに可愛がっても娘は一人。遊ぶおもちゃの数なんて限られている上に、部屋だって無限に広がるわけではない。因みに、おもちゃ代は彼のお小遣いから出ているため、家計はしっかり回している。
 きゃっきゃと笑い声をあげる娘に、人目も憚らず変顔を向ける彼。素敵な旦那さんですね、と声を掛けられるのももう慣れっこになってきた。
 結局、音の鳴る絵本とおもちゃを一つずつ買って、無事に帰宅。意味は無いかもしれないが、クリスマス当日までは隠しておこうということで、寝室のクローゼットにしまっておく。その間に、彼は帰宅途中で眠ってしまった娘を毛布に下ろしていたらしい。そのすぐ横に寝転がって幸せそうな眼差しを向ける彼は、やっぱり親バカで、そしてやっぱり素敵な父親だ。
「一緒に寝ないでね、潰れちゃう」
「潰さねぇ。お前のことも潰してねぇだろ。」
「毎晩潰れてるよ」
「……、それは、わりぃ、」
 途端、体を起こして正座で娘を見守る彼は、バツが悪いのか、あたしの視線から逃げるように顔を背けるのだから面白い。言ったところで治らないことは分かっているから、それについて責めるつもりはないのに。
 二人のそばに行き、娘の隣に寝転がる。目鼻立ちのしっかりした所は彼によく似ているから、きっと美人に育つに違いない。寝相の悪さまで似てしまったところは、育つうちに治ればいいのだけれど。なんて、あたしもしっかりと親バカの道を歩んでいるらしい。
 育児に疲れた体は、少し横になっただけで簡単に夢の世界へと落ちていく。そんなあたしの頭を撫でる彼の手は、昔からずっと変わらず優しくて心地良い。
 思えば、付き合ったばかりの時から、彼は既に変わり者だった。バカップル、なんて言葉が可愛く聞こえてしまうくらいにはあたしに惚れてくれたし、それと同時にバレーバカとも言われていたし。良くも悪くも、のめり込みやすいタイプなのだ。
「はじめがバカで良かった、」
「はぁ?」
「バカ正直で分かりやすい。あたしのことも娘のことも、大好きで仕方がないでしょ?」
「大好きじゃねぇ、愛してんだ」
「ほらね」
 夢と現実の狭間。けれど、これが夢だろうと現実だろうと結果は同じだろう。数年前のクリスマスの日、彼があたしに「好きだ」と打ち明けた時からずっと、彼の気持ちは変わらないままだ。そして、きっとこれからも。
 はじめはあたしのサンタさんだね。
 それはちゃんと言葉になっただろうか。年中無休で「愛」を届けてくれるサンタさんなんて、他に存在しない。ましてや、あたし達家族だけの専属だなんて。

 ーーーんな、優しいもんじゃねぇよ。


 サンタさんへ。
 これから先も、幸せなクリスマスを。



(181227)



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