小説 | ナノ
恋模様




▼そんな君を愛すと誓うよ




 苗字が変わって初めてのクリスマス。一緒に過ごすのは、もう何度目か。プレゼントは迷いに迷って、通勤に使えるようなオシャレで暖かい手袋にした。
 あたしはクリスマスという行事に、付き合いたての頃のようなドキドキやワクワクはないけれど、どうやら彼は違うらしい。元より、イベントごとが好きな性格だ。加えて、周りに感化されやすい。街中がクリスマス色に染められているのに、彼が染められないわけなど無いのである。
 せっかく祝日だからデートしようぜ
 瞳を輝かせてそう言ってきたのは、一年前のこと。カレンダーを見るやいなそれに気付くのだから、彼のイベント好きは異常である。そんな彼に「仕方ないなぁ」なんて返事をしたその時は、まさか今、こうして彼と夫婦になってるなんて思いもしなかったけれど。
「去年のクリスマスさ、サンタさんにお前が欲しいって頼んだんだよな」
「……うん?」
 寒空の下、キラキラと輝くイルミネーションを見ながら、彼は唐突にそう紡いだ。今年のクリスマスデートも終盤。本当はケーキ屋さんに寄ったらすぐに帰宅するつもりだったのだけれど、思いがけないところでイルミネーションを見つけてしまったから。どちらともなく立ちどまり、こうしてぼうっと眺めていたのだ。
 サンタさん、本当にいるのかも。白い息を吐き出しながらそう言って笑う彼に、私も同じように笑う。去年のクリスマス、あたしもサンタさんに「花巻貴大の苗字が欲しい」なんて願ったことは、もう少し秘密にしておこう。
「今年は何頼むの?」
「んー、何がいいかな。もう結構幸せだし。」
「うん、あたしも」
「サンタさんも忙しいだろうから、今年は休みでいいかな」
 彼がサンタクロースの存在をどこまで本気にしているのかは兎も角、その謙虚さは貴大らしい。ぎゅう、私の手を握った彼は、それから「お前の願いは俺が叶えるし」と付け足した。
 あたしが何を望むかなんて知りもしないくせに、どこからそんな自信が湧き上がるのか。それとも、あたしの願いなど彼にはお見通しなのか。
 もうそろそろ帰ろうか、と手を引かれて、あたし達は再び歩きだした。彼の匂いがするマフラーに顔を埋めて、周りに誰もいないのをいいことに、いつもよりしっかりと腕を絡める。恥ずかしいね、なんて言いながらもそんなことをしてしまうのは、きっとクリスマスマジックとかいうやつのせい。
 貴大が手に持っているケーキ屋さんの箱の中身は、様々な味のケーキが数種類。色々な味を食べたいからシェアしようね、と約束したものの、てっぺんに載っているいちごやチョコレートのプレートを取り合うだろうことは目に見えている。けれど、心のどこかでそれを望んでいる自分がいるのだから面白い。
「あ、やっぱりサンタに頼みたいことあった」
「ん? なに?」
「貴大に、もう少し男らしくなって、ほしい」
「その『ほしい』の使い方ずるくね? っていうか、男らしくないってこと?」
 甘いものが好き。極度の寂しがり屋。構ってちゃんで、放っておくとすぐに拗ねる。怖いテレビやなんかは苦手だし、感動系の映画は最初のうちに泣き出してしまうし。これを男らしいかと言われれば、答えは『NO』である。
 しかしそれが嫌いかと聞かれると、決してそういうわけでもない。貴大が貴大であるからこそ、あたしは彼が好きなのだ。男らしさを求めるけれど、今の良さは捨てないで、ほしい。
「まぁ、男らしくないのが貴大らしいんだけど、」
「お願いだから褒めて育てて、ほしい」
「その『ほしい』はずるいんじゃなかった?」
 ケラケラと笑う彼につられて、あたしもケラケラと笑う。サンタさんやっぱり休み無しだな、と早々に前言撤回し、更には「絶品シュークリームがほしい」だとか「ボーナス多めにほしい」だとか。
 貴大、ちゃんといい子にしてた?
 あたしの問いで途端に黙り込む彼に、冗談だよ、と再び笑ってみせた。貴大がいい子にしていたことは、一番近くにいたあたしがよく知っている。あたしにはサンタクロースのような特殊能力はないけれど、彼を幸せにする手助けは不可能じゃない。
 絶品シュークリームを買ってくることも出来るし、ボーナス増量は無理だけれど、あたしが働けば稼ぎを増やすことも出来る。彼のためならば料理の練習だってするし、美容にももう少し気をつけて生きようとも思うのだ。
「あたしのサンタさんは貴大かも」
「え、えっと、何のオネダリ?」
「あたしが欲しいもの、貴大は全部くれてるよ」
「……何かあげたっけ?」
「うん、幸せ、もらってるよ」
 きょとん、として。それから、じわりじわりと瞳に水の膜を張っていく。泣き虫。まだ泣いてないもん。そんな言葉の応酬をしているうちにも、それはぽろりと零れ落ちる。泣いてるじゃん。お前のせいだもん。ずず、と鼻を啜る彼に笑みを向けながらも、その雫を拭い取ると、彼はもう一つ、二つ、雫を落とした。
 俺だって、お前から幸せ貰ってるもん。
 震えた声でそう紡いだかと思えば、途端に暗くなる視界と、あたしを包み込む彼の匂い。抱きしめられているのだと気付くのに、そうそう時間はかからなかった。
「ごめん、」
「なにが?」
「男らしくなるのは、もう少し無理、」
「ふはっ、」
 素直にそう訴える彼に思わず笑いを零しつつ、彼から体を離し、今度はあたしがその腕を軽く引く。ケーキと、お酒と、クリスマスプレゼント。それから、あたし。まだまだクリスマスの為に準備したものが沢山残っている。
 あたしの「幸せ」についてたっぷり伝えるのは、その後で。

 サンタさんへ。
 今夜は邪魔しないでね。





クリスマス2018(20181225)



BACK