小説 | ナノ
恋模様




▼目的地は君の隣



 
 クリスマスの日はデートしよう、なんて約束をしたのは一ヶ月以上前。お互いのバイトの都合だとかサークルの都合だとか、用事が重なってしまわないように、今年はイブが祝日だからその日にしようと決め、カレンダーにはハートを書いた。はずだったのに。
 昨日の夜、彼は「ごめんね」とあたしに紡いだ。これでもかという程に眉を下げ、彼の両手があたしの両手を包み込む。そんなことをされたって「仕方ないね」という言葉とは裏腹に、楽しみだったのに、という寂しさや憤りは消えてくれない。それら全てが顔に出てしまっていたらしく、彼も「ごめんね」と繰り返すばかり。
 結局、楽しみだった予定が潰えてしまったショックにより、その日はテンションを上げられず。お互いに言葉少ないまま、クリスマスイブイブの夜を終えた。
 彼の予定というのは、つまりバイトである。別のバイトの子がインフルエンザになったらしく、クリスマスということもあり人手が足りないから出てほしいのだ、と。しかも十一時から十九時までというロングシフト。断るなんて選択肢が彼にないことは、あたしが一番よく分かっている。
 そんな彼の優しさが大好きだけれど、優しすぎる彼が嫌い。たかだかクリスマスのデートがダメになったくらいで、拗ねてしまう自分はもっと嫌い。それでも自分の気持ちがコントロール出来なくて、一人きりで朝食を済ませたクリスマスイブ当日の昼少し前。
 あたしに気を使ったのか、目が覚めた時には彼が家を出る少し前で。行ってくるね、と告げて口付けを一つ落とした彼は、いつもの調子でバイトに向かってしまった。
 どうせ残念がってるのはあたしだけですよ、子どもみたいで悪かったね、ふん。
 何を言われた訳でもないのに、意地の悪い言葉が今日中を埋め尽くす。気分を入れ替える気持ちで見始めた映画もろくに頭に入ってこないし、寂しさを紛らわせるために抱きしめたクッションは彼の匂いが染み付いていて、寂しさが増す一方。
 ばーか。
 ぼす、とクッションに八つ当たりすれば、また彼の匂いがあたしを包むのだから、本当に憎らしくて。本当に、好きだ。


 ―――起きて、
 柔らかい声と、優しく体を叩かれる感覚。ゆっくりと目を開ければそこには大好きな人が居て、寝惚けた頭のあたしは素直に口角を上げた。
「こんな所で寝てたら風邪ひくよ」
 そう言いながら腕を引いて体を起こされ、そこでふと気付いたことが。シフト通りならば彼が帰宅するのは二十時近くのはず。しかし、部屋は自然の光が窓から差し込んでいて、まだ夜には程遠いように見える。
 ゆめ?
 思わず首を傾げたあたしに、彼もまた「ゆめ?」と聞き返した。夢じゃないよ、と笑う彼はどう見てもあたしの大好きな彼だけれど、だって、ここに居るはずがない。今日はずっとバイトだから、デートは中止。あたしは一人で寂しく映画パーティーを決め込んでいたはず。
 まぁ、これが夢にしろ現実にしろ、寝落ちてしまったことには変わりないのだが。
「本当は昼と夜で通しの予定だったんだけど、夜の分は別の人が代わってくれてさ。昼の混んでる時間が終わったら帰っていいって言われたから、すぐ帰ってきちゃった。」
「え、じゃあ、」
「夢じゃないし、まだ三時だからデート行けるよ」
 それから、どうする、と彼はあたしに問うたけれど、そんなこと、聞かずともわかっているのだろう。いつもなら寝ていても放っておいてくれるのに、わざわざあたしを起こしたのは、その為に違いない。
 分かってるくせに。
 あたしの返事が素直じゃないのは、子どもだから仕方がない。その癖、前々から楽しみにしていたこともあり、デート服はばっちりコーディネート済みで、支度にかかった時間は二十分程度。加えて、あたしが化粧をしている間に彼が髪の毛を巻いてくれたから、いつもよりお洒落な自分にテンションが急上昇。我ながら単純思考である。
 準備が出来ると、すぐに外出。行き先は、彼が「俺に任せてね!」なんて言っていたから、あたしは何も知らない。こういうサプライズ好きな所も彼らしくて好きだ。
 少しぎこちなく恋人繋ぎで歩くのは、今日がクリスマスだからこそ。街中、カップルだらけで、あたし達のことなんか誰も見ていないだろう。今日だけは特別だ。
「んふふ、楽しいね」
「まだ目的地にも着いてないけど?」
「うん。でも楽しい。」
 一緒にデートをするだけで、いや、一緒に歩くだけ、一緒に居るだけで、あたしは楽しい。それから、幸せである。彼も同じ気持ちだと嬉しいのだけれど。
 ちらり、確認するようにその顔を覗き込めば、友達に見せるのとは違う、蕩けてしまいそうな微笑みがこちらに向けられて、あたしは思わず視線を逸らした。なぁに、と問いかける声は、少しだけ意地悪い。きっと、あたしの気持ちなどお見通しなのだろう。もしくは、あたしの表情がわかり易すぎるのか。
「……昨日、拗ねてごめん、」
「俺は拗ねてくれて嬉しかったよ。それほど楽しみにしてくれてたってことでしょ?」
「ん、徹は?」
「俺が楽しみにしてないように見えた?」
 カレンダーにハートを書いたのは彼。その日まであと何日あるのかカウントダウンしたり、終わった日付に斜線をひいたり。いつもニコニコしているから分かり易くはないものの、それは確かに楽しみにしている人のすることだ。
 それは、あたしだって分かっていたはず。それなのに、あたしばっかり拗ねてしまって申し訳ない。本当は、彼だって拗ねたかっただろうに。
 ぎゅう、と彼の腕にしがみつくようにすれば「歩きにくい」なんて笑う。その割に、満更でもなさそうなのが嬉しくて。寒いね、なんて普段は吐かないようなズルい嘘を一つ。

 サンタさんへ。
 今年のクリスマスプレゼントは、彼の苗字を。




クリスマス2018(181225)



 




BACK