200人うぇい企画 | ナノ
Night


 何故か目が冴えて眠れない。誰もが一度はそんな夜を経験したことがあるのではないだろうか。寝るまでの行動も、時間も、温度も、いつもと何ら変わったことは無いはずなのに、どうしてか眠れないのだ。それも、寝ようとすればするほど目が冴えてくるのである。眠れない、否、眠くなれない。けれど、次の日のことを思えば「寝ない」という選択肢はなく、とりあえず目を瞑ってみる。その程度で寝られるのならば、とうに夢の世界に落ちているはずなのだけれど。
 あたしは、今まさにその状態に陥っている。隣であたしに腕枕をしてくれている彼、貴大は大分前に規則正しい寝息をたてて眠ってしまった。彼の睡眠を妨げるつもりは無い。構ってほしいな、と思わないわけでもないが、あたしの為に彼の睡眠時間を減らしてしまうのはあまりに可哀想だからだ。けれど。
まぁ、少しくらい。
そう自分へ言い訳を零して、そっと彼と向き合う体勢をとった。暗闇の中、ずっと起きていたせいで、彼の顔はハッキリ見えて好都合。つんつん、と頬を触ったり手を握ってみたりと、いくつかの悪戯を仕掛けては「ん、んう……」と唸り声をあげる彼に、びくりと飛び跳ねそうになる衝動を抑えながら手を引っ込める。この行動を十分ほど繰り返した頃だったと思う。その瞬間は不意に訪れた。
「……なにしてんの?」
「っ!」
 ぱちり。開かれた彼の目が、迷うことなくあたしの目を捉える。もしかしたら、数分前から起きていたのかもしれない。起こすつもりは無かったんだけど眠れなかったから少しくらいなら許してもらえると思って貴大の顔を触って遊んでましたごめんなさいおやすみなさい。と、言いたかった言葉たちは一瞬にしてあたしの頭を駆け抜けては消えていき、真っ白になってしまった思考回路からは何も生まれず、ただ無意味に「あ、え、」と声が漏れた。
 そんなあたしに、彼は何を咎めるでもなく「ふはっ、」と笑って、それから「眠れねぇの?」と。素直に頷けば「ん、そっか」と髪を梳くようにして優しく頭を撫でられるから、その心地良さに気持ちが落ち着いていく。
「起こせばよかったじゃん」
「なんかそれは可哀想かな、って」
「バカ、俺に気ぃ遣わなくていいっつーの」
 そう言って、笑いながらあたしの髪をぐしゃぐしゃにする彼につられて、あたしも笑いながら「わかった」と返した。そうすれば彼は満足そうに、にっ、と笑って、それから「ちょっと待ってろ」と一言残して立ち上がる。どうしたの、と聞いてみたが、その声は届かったのだろう。そのまま彼は部屋から出て行ってしまい、あたしは再び遠のいた睡魔を取り戻すべく、ただ、ベッドの上で睡魔へ手を伸ばしてみた。繰り返すようだが、こんなことで寝れるのなら、とうに寝てしまっているはずである。
「はぁ、」
 段々と眠気が来ないことが辛くなり、額に腕を乗せると共に、大きな溜息が零れた。全く眠れる気がしない。いっそのこと、最初に眠れないと思ったうちに一度シャワーでも浴びた方が手っ取り早く寝られたのかもしれない。今更、そんなことを考えても意味がないのだけれど。悶々と考え出そうとする思考回路の波を必死に堰き止め、無心、無心、無心と心の中で唱えた。
 すると不意に、ドアの向こうから「開けて」と彼の声が聞こえ、その意図が全く分からないままに、とりあえずドアを開ければ、目の前には両手の塞がった彼の姿が。その手に持たれているのがコップだと認識するのとほぼ同時に「ホットココア作ってきた」と、彼がふわりと笑った。
「ココア?」
「飲んだら眠れるって言うじゃん。はい、どうぞ」
「ありがと」
「ん、熱いから気ぃ付けろよ」
 小さめの明かりをつけてベッドに座り、慎重に渡されたマグカップを受け取って、言われた通りに数度「ふーふー」と息を吹きかける。隣に腰を下ろした彼も、同じように「ふーふー」と息を吹きかけ、少し口をつけたかと思えば「あち!」と肩を跳ねさせていて。思わず、くすくすと笑みを零したあたしに、顔を赤らめた彼が「笑うなって!」と抗議してきたが、それは聴こえないふりをして、あたしも漸くココアを啜った。
「美味しい」
「だろ」
 目は口程に物を言う、なんて言うけれど、気持ちを口に出した上に表情までもが彼の満足度を表しているのだから、素直にも程があると思う。優しめにパンチをお見舞いしてやれば、彼はケラケラと笑った。
それから、ココアを飲みながら他愛もない話をすること数分。体も心も温まったあたしに「眠くなったら寝ちゃえよ」と、彼は優しく微笑んで、先程と同じようにあたしの髪を優しく梳き始める。今度は、寝たくない、というあたしの感情が眠気を遠ざけていたのだけれど、漸く訪れた眠気がそう簡単に治まるはずもなく。現実と夢の世界を行ったり来たりしていれば、遠くの方で「おやすみ」と優しい彼の声が聞こえて、布団とは違って少しごつごつした、けれども暖かい何かに包まれたまま、あたしの意識は途絶えた。



200人うぇい企画「N」night・音愛ちゃんより(171015)






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