200人うぇい企画 | ナノ
POOL



※大学生くらい



 うだるような暑さに、行き場のない不満が溜まっているのは、なにもあたしだけではないはず。街行く人々もいつもより疲れた顔をしているし、動物園の動物たちだって木陰で低燃費生活を送っているくらいである。
 だから、あたしの反論はある種の正当防衛ではなかろうか。
「クーラーに当たりすぎ、あとそこ掃除するから」
「えー、暑いのに」
「そうやって去年風邪ひいてた人が何言ってんの」
 まるでお母さんの様だけれど、決してお母さんではない。立派なあたしの彼氏である京治は、ぴぴ、とリモコンを操作してクーラーの設定温度を数度高め、それから早く除けろ、と言わんばかりの表情であたしを見た。はて、やっぱりお母さんだっただろうか。
 勿論、普段から彼が「お母さん」なわけではない。普段はあたしが家事をこなしている分、休みの日は掃除や料理をしてくれる。だからこそ、あたしはこうしてダラダラと休日を満喫しているのだけれど。
 それはさて置き、問題点はそこではなく、彼がいつも涼しい顔で生活しているところにある。彼だってあたしと同じ人間だ。汗をかいているから、決して涼しいわけではないだろうに、どうしてか表情はいつも涼しげなのである。
「京治は暑くないの?」
「え?そりゃあ暑いけど」
 頭でも沸いたのか、と言わんばかりの反応だが、確かにこの質問は自分でもバカバカしいと思う。けれど、それ以外に特に聞きようもなく。そっか、とだけ返し、テレビへ視線を移した。彼はと言えば「とりあえず除けて」と再びあたしに移動を催促し、あたしの温もりが残るソファー付近の掃除を再開していた。言わずもがな、涼しい顔で。
 特別、見たい番組があったわけではない。適当にチャンネルを変更していれば、そこに映った映像に、ふとあたしの手が止まったのだ。アナウンサーのインタビューを受ける綺麗なお姉さんたち。その後ろにはキラキラと輝く海水。
「海、いいなぁ」
 思わず零れた言葉を聞き逃さなかったのだろう。「そうだね」と相槌が返ってきて。ここから海までの距離感を考えれば流石に却下されることは目に見えていたけれど、それを踏まえた上で今度は「行きたいなぁ」と呟く。そうすれば。
「海は遠いから無理」
「だよね」
「だけど、プールなら、」
「っ!」
本人は気付いていないかもしれないが、キラキラと輝いている瞳が、実は俺も行きたいと思ってた、なんて自己主張している。あまり活躍しない表情筋の所為で、彼は暑さに強い人間なのだと思っていたけれど、彼だって普通の人間だ。夏に清涼を求めるのは当たり前だし、それ以前に、健全な男子として「遊びたい」という気持ちを持ち合わせていて当然である。

 行くと決まった瞬間からテキパキと準備を済ませた彼に笑みを零しつつ、あたしも準備を整え、二時間後、あたし達は既にプールに居た。この行動力の高さを普段からもっと有効活用しろ、と言われそうだけれど、こういう時にしか使わないからこそ、これほどの力を発揮できるのである。
 それはプールに着いても変わらずで、さっさと入る支度を済ませたあたし達。暑いからか人も多い施設内を見回しながら「まずはどのプールに行く?」と聞いてくるあたり、彼の方が上回ってワクワクしているらしいが。流れるプール、波のプール、ウォータースライダー。その他にも沢山あるが、とりあえず片っ端から入ろう、という結論に至り、一番近場にあった滝に打たれるプールへ向かえば、早速手で掬った水を掛けられて。
「冷たっ!」
「ははっ、」
 一応言っておくが、目の前で子どもに負けないくらいはしゃぎ倒しているテンションMAXのこの男は、つい数時間前まで涼しい顔をしてクーラーの温度を高め、掃除に勤しんでいた彼である。夏の暑さにやられたのか、プールの涼しさにやられたのかは分からないけれど、兎に角、この空間が彼を壊していることは間違いない。
 とはいえ、それはあたしに関しても同じである。
「お返しだ!」
「っぷは、俺も!」
「ぎゃ!」
 これだけ騒いでいても、誰もが頭の沸いたこの空間では目立つこともない。散々騒いで、楽しんで、笑い倒して。帰宅する頃にはへとへとだったけれど、それすらも楽しくて、また笑いが込み上げた。こんなに楽しいなら、暑い日も悪くないかも、なんて単純だろうか。

 次の日。筋肉痛で動けないあたしの横で、彼はまたも涼しい顔をしていた。



200人うぇい企画「P」pool・ユートピアちゃんより(171010)





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