200人うぇい企画 | ナノ
You are always on my mind.


「だーれだ!」

 出来るだけの忍び足で近付いて、談話室のソファーで彼がゲームしていようとも構わず、後ろからその目を両手で塞ぐ。見えねぇ、という彼の反発は無視してケラケラと笑っていれば、それからすぐに彼のスマホは随分と残念そうな音を発した。どうやらゲームオーバーらしい。
 瞬間、小さな舌打ちと同時に、彼に添えられていたはずのあたしの手は、いとも簡単に拘束され、ぶつけられたコバルトブルーの目が細められた。
「お前、」
「……な、なんでしょう」
「あ?さっきの答え。この手はお前の手だろ。」
 そう言って、彼はあたしの拘束を解いたが、はて、これはそういうゲームだっただろうか。多分違うような気がするけれど、答えてくれただけで嬉しくて口元が緩む。今現在、彼がやっているスマホのゲームなんかより、あたしはこっちの方が断然好きだ。
 次は邪魔すんなよ、と一言投げつけてから、彼は再びスマホに視線を落とす。そういえば、今回は至さんに勝つ、とかなんとか言っていたような。あたしもゲームはするけれど、課金してまでイベントで一位を取ろうとは思わない。どうやら、好きなキャラを集めたい、というあたしと、一位を取りたい、という彼らとでは、ゲームに対する考え方が違うみたいだ。
 それとこれとがイコールになるわけではないけれど、とどのつまり、あたしは彼に構って欲しいのである。
「ねぇ、万里」
 今度は忍びもせず、彼の隣に腰を下ろして抱き着いてみる。が、あたしの体を肘起きにして、何ら気にすることなくゲームを続けているから失敗。それどころか、不意に伸びてきた彼の長い脚が、あたしをがっちりホールドするから、身動きが取れなくなってしまった。
 遠くの方から「レスリングでもしてるんっすかね?」という会話が聞こえたが、これはそんな優しいもんじゃない。ルールもなにも存在しない、ただの耐久地獄だから。そんな呑気な会話をしている暇があるなら、早めにあたしを救出してくれないだろうか。
「後で構ってやっから大人しくしとけ」
「この間もそう言ったけど構ってくれなかったじゃん」
「あん時は至さんが、」
「そうやって至さんの所為にすればいいと思って」
「あー、ったく!悪かったって!今日は絶対構ってやるから機嫌直せよ!」
 わざと大袈裟に不貞腐れてみれば、頭を抱えて項垂れた彼。そうすれば、遠くの方から「構ってやれよ」なんていう援護射撃が発射され、あたしは一気に形勢逆転し、思わず口角があがった。こういう時、女というのは随分好都合な生き物だと思う。あたしは今、便利に構ってもらえない可哀想な女の子で、万里は悪者。しかもこの悪者、女には結構弱いのだ。
 正直言って、あたしは万里ほど賢い人間でない。好きな人の前では尻尾を振り、嫌いな人の前では威嚇をする。それ程に単純で明快。そんなあたしが、万里の「構ってやる」に期待しないはずもなく。「じゃあ待ってる」と答えて、万里のスマホを覗きながら大人しく待つあたしに、彼も「おう」と答えて、スマホに視線を戻した。
「っつーか、引っ付いてなくても、終わったら呼ぶけど。そんなに信用なんねぇの?」
「ううん、違うよ」
 多分、彼はただ、疑問を口にしただけだと思う。他の所で待っていても良い、という彼の優しさだということも、わかってはいるのだ。でも、彼は一つだけ勘違いしているらしい。
 ―――ゲームばっかりしてるから、あたしの気持ちに気付かないんだよ、ばーか。
 心の中で沸き上がる悪態を喉元で押しとどめて、その代わりに溜息を一つ吐き出した。どうやら、賢いということと、人の気持ちを汲み取るということは、持つべきスキルが違うらしい。
「あたしが求めてるのは、構ってくれる人じゃなくて、万里本人だよ」
 こんなべたな話があるなんて思いもしなかったが、あたしの言葉の直後、ごとり、と音を立てて、彼の手からスマホが転げ落ちた。少し頬を染めた彼が、すぐさまそれを拾って、何事もなかったかのように体勢を立て直したが、生憎と談話室中の視線が彼に集まっている。くすくすと笑い声が聞こえる中、小さい声で「不意打ちやめろよ」と零す彼。あぁ、そういえば、彼は女に弱いんだった。



(180413)






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