200人うぇい企画 | ナノ
Zealous


「どうして折れてくれないの?」

 授業中、体育館の片隅。
 他チームが行うバスケの試合をのんびりと眺めていたあたしに、彼、角名くんは突然現れて、何の脈略もなくそう問うた。今更、この言葉に脈略なんてものを求めてはいないけれど。
「それはこっちの台詞なんですけど」
 わざと厭味ったらしく言ったところで、彼には全く通用しないことは、もうずっと前から知っている。呆れた溜息も、表情筋をフル活用した苦い顔も、彼の前では無意味。寧ろ、それすらも彼のエネルギーに変わっている気がしてならない。
 彼は、どちらかというと人気者の部類に含まれる人間だ。強豪なバレー部のレギュラーとして試合で活躍しているだけあって、運動神経は抜群。また、それを自己主張しないあたりが好まれる理由なのだとか。これはあくまでも、友達に聞いた話であり、あたしの意見ではない。
 そもそもあたしは、自己主張しない彼など知らないのだ。あたしのどの辺がツボに入ったのかは分からないが、ある日突然あたしの前に現れた彼は、ただ一言「付き合って」と。全く話が理解できなかったあたしに「あぁ、ごめん。好きだから、付き合って。」と言い直したはいいが、あたしが理解したかったのはそこじゃない。勿論、答えは「ノー」の一択。
 それからというもの、あたしはこうして隙あらば攻め入られているというのが現状だ。しかも残念なことに、あたしと彼は同じクラス。圧倒的に不利な状況である。
 自然な動作であたしの隣に腰を下ろした彼は、体育座りをした自身の膝に頭を乗せ、こちらを見てにこりと口角を上げた。悔しいけど、カッコ良いのは認める。
「俺、本気なんだけど」
「あたしじゃなくても良い人居るよ?」
「お前が良いって何回言ったら分かってくれるの」
 角名くんが悪い人じゃないのは、あたしだって分かっているつもりだ。何度も好きだと紡がれれば、少しは気になってしまうのが人間の性質というもので、どうやらあたしもその性質に負けてしまったらしい。気付けば視界の片隅にいる角名くんに気付かないふりをして、紡ぐ言葉は「ノー」の一択に縛り付けた。
 彼に流されてしまうことへの悔しさと、それから恐怖。あたしは、彼の言葉が本気なのか遊びなのかを見極めることが出来ない。もしも、軽い気持ちで付き纏っているだけだとしたら?誰かとゲームをしているだけだったとしたら?
 あたしを見つめる優しい視線、頭を撫でるようにして髪を梳く大きな手、あたしはどこまで彼を信用していいのだろう。
「だって、あたし、」
 何を紡ごうと思ったのかは分からない。けれど、とりあえず何か言い返そうと思って口を開いた、丁度その時。少し遠くの方で笛の音が鳴って、それからすぐにこちらへと駆け寄ってくる二つの同じ顔。彼と同じバレー部に所属する双子は、奇遇なのか意図的なのか分からないが、片方が同じクラスで片方が隣のクラスなので、必然的に体育の時は一緒になるのだ。
 最も、彼らの存在は、あたしにとっては好都合。バレー部同士で戯れている隙に、角名くんから逃れることが出来るからだ。今日も今日とて、双子と入れ違いにこの場から逃げてしまおうと腰を上げかけ、たのだが。
「角名、いつまで片想いしとんねん」
 隣のクラスに所属する双子の片割れによって発せられたその言葉が、あたしの動きをぴたりと止める。角名くんが隣で「うるさい、黙って」と紡いだところで、このマイペースな双子には届くはずもなく。
「一年の時から言うとるよな」
「一目惚れもここまで来るとストーカーやで」
「ほんとにうっさい、黙れって」
 にやにやと笑う双子の視線の先は、確実にあたし。だけど、その真相を知っているのは、角名くん本人しかいない。恐る恐る、視線を隣に向けるやいなや、ほんのり熱い手の平があたしの視界を塞いだ。
 ―――お願い、見ないで。
 随分と弱々しく呟かれたその言葉は、今にも消えてしまいそうなほど震えていて、まるで角名くんのものとは思えない。けれど、視界が塞がれる直前に一瞬だけ見えた真っ赤な彼を思えば、やはり声の主は彼なのだろう。どうやらあたしは、随分と彼のことを勘違いしていたらしい。
 あたしの顔を覆う彼の手は震えていた。それを優しく握りしめて、彼と目が合ったその時に、今度こそあたしの本当の気持ちを伝えよう。紡ぐ言葉は「イエス」の一択。



(180412)






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