200人うぇい企画 | ナノ
One way love


 どのゲームを開いても一位に君臨する神ゲーマー「たるち」が、同僚の茅ヶ崎さんだと知ったのはつい最近。偶然か、運命か、新作のゲームを買いに行ったら、同じように新作のゲームを大量に抱えた彼がいたのだ。ゲーマーであることを秘密にするように頼んだのは、あたしの方。そんなあたしの話を聞いていなかったのか、彼は「ちょっとお茶しようか」とあたしに持ちかけた。
 結論から言うと、本性がバレて焦っていたのは、茅ヶ崎さんも同じだったらしい。このことを秘密にしてくれ、と頼まれ、カフェも奢ってくれた彼は「二人だけの約束」と子どもっぽく笑って帰っていった。
 それからと言うもの、あたしはゲームで出来ないところがあると、茅ヶ崎さんに聞くようになったし、茅ヶ崎さんも以前より職場で話しかけてくれるようになった。「たるち」だと知ったのもその頃で、ゲームをしていると性格が変わってしまうのだということも、その時初めて知ったのである。
「引くだろ」
「何が?」
「こういう性格してんの、普段の俺っぽくないでしょ」
「あたしは寧ろ、普段の茅ヶ崎さんが胡散臭いと思ってるけど」
 一瞬、彼が口を閉ざしたから、失礼なことを言ってしまっただろうか、と不安になったが、少しの間の後に「お前、変わってるよね」と笑ってくれたので良しとしよう。いや、この場合、失礼なことを言われたのはあたしの方か。
 そんな茅ヶ崎さんに好意を抱いたのは、多分、すごく自然なことだったんだと思う。茅ヶ崎さんからの「おはよう」が嬉しかったり、自然と目で追ってしまったり。こういう感情は、とうの昔に何処かに忘れてきたと思っていたのに。心臓がどくどくと騒ぎ立てるのを無視して仕事をするのが、こんなにも辛いだなんて知りもしなかった。
「茅ヶ崎さん、コーヒーどうぞ」
「ん、ありがとう、気が利くね」
 こうした少しの会話ですら、声が震えてないか、とか、顔が引き攣ってないか、とか気になってしまう。会社の中だけで考えるのなら、多分あたしは茅ヶ崎さんと仲が良い。けれど、会社を出てしまえばどうだろう。普段から猫を被って過ごしている茅ヶ崎さんの本性なんて、あたしにはまだまだ分からない。その上、今は劇団に所属しているのだとか。そうなると尚更、あたしの気持ちとは裏腹に、茅ヶ崎さんとの距離は離れていっている気がしてならない。
 あんなに熱中していたゲームも、気付けば茅ヶ崎さんのことを考えている頭ではイマイチ集中できなくて、しばらく放置しているものもちらほら。まさか自分がゲーム離れする日が来るとは。と言っても、完全なゲーム断ちは出来ないらしく、自宅では少しだけゲームしていたのだけれど。

 それが失敗だったと思ったのは、それから数日後のことだった。
「ねぇ、最近、体調でも悪い?」
 昼休み、外で昼食をとろうと思って会社を出ようとしたあたしの腕を掴んで、顔を覗き込みながらそう問う彼。最初はさっぱり彼の言葉を理解できなかったけれど、すぐに「ログインしてないでしょ」と付け足されて、漸く話の内容を読み取ることが出来た。
 ゲーム内でフレンドになるということは、最終ログインを知られてしまうということ。しかも、彼とフレンドになっているゲームは、最近怠っているものばかり。
 体調は万全である。だから、嘘を吐いて彼に心配させるなんてことは出来ない。かといって、本当のことを言うのは不可能。スマホの調子が悪い、という言い訳も思いついたが、たった今ランチを検索していたので、流石に苦しすぎる。
「ごめん、待ち合わせしてるから行くね」
 結局、あたしの頭では良い言い訳など思い浮かばず、一先ずその場を逃げるためだけに適当な嘘を吐いてしまった。「え、あぁ、ごめん」と零した茅ヶ崎さんが、一瞬だけ眉を下げた気がしたけれど、そんなことに構っている余裕もない。今のあたしのミッションはただ一つ、茅ヶ崎さんにこの気持ちがバレないようにすること、それだけ。
 好きだけど、バレたくはない。この気持ちが矛盾していることは分かっている。このままではずっと平行線。あたしの気持ちが覚めるまで、報われることは無い。それも、分かっている。だけど、傷付きたくないあたしの最善策はこれしかないのだ。
 昼休みが終わり、午後の仕事が始まってからも、あたしは茅ヶ崎さんを避け続けた。少し前の様に楽しくお喋りをすることが出来ない。目が合えば、思わず逸らしてしまう。こんなの、最低だ。きっと茅ヶ崎さんもあたしのことが嫌いになる。それは嫌だなぁ、なんて考えても、あたしにはこの現状を改善する策が思い浮かばない。

 気付けば定時は過ぎていて、あたしはそそくさと荷物をまとめて会社を後にした。とりあえず、家に帰ってゆっくり対策を練りたい。茅ヶ崎さんに怪しまれないように、ゲームはログインしておかないと。それから。
「ねぇ、話あるんだけど」
 あぁ、この状況、知ってる。
 掴まれた腕、聞きなれた声。否、聞きなれた声より少し低いような気がする。けれど、振り返らずとも、その声の主が誰なのか、あたしにははっきりと分かった。数時間前にもこんなことがあったよな、なんてぼんやりと思いながら振り向けば、勿論、その先に居たのは茅ヶ崎さんで。猫を被ったような笑顔でもなければ、あたしを心配するような顔でもなく、まるで「不機嫌」という感情をそのまま表したかのような表情に、ぞわりと背筋が凍っていく気がした。
「さっきはお前の用事優先させたんだから、今度は俺の番な」
「……横暴って言われたことない?」
「言われ慣れてるから気にならない。ほら、帰るよ。」
 ぐい、と力強く引っ張られ、そのまま強制的に車に乗せられたあたしは、発信することの無い車の中で、まるで飼い猫の様に大人しく座っていることしか出来なくて。隣でコツコツとLPを消費する茅ヶ崎さんを横目に、あたしは溜息を一つ零した。
「腕、赤くなってない?」
「……腕?」
「ん、さっき、強めに掴んじゃったから。って言っても、そんなに力ないんだけど。」
「……うん、大丈夫」
「そう、よかった」
 茅ヶ崎さんの意図は全く分からない。さっきは怖い顔してたくせに、今は優しい声で話してくれる。車に乗せられてどこかに連れて行かれるのかと思ったけど、一向にゲームする手を止めないということは、どこかに行くわけでもないらしい。
 もう一つ、溜息が零れ落ちる。それとほぼ同時、隣からも溜息が零れたような気がして、思わず視線をそちらに向ければ、同じように茅ヶ崎さんもこちらを見ていて。それから、困ったように眉を下げて笑った。
「自分で言うのもなんだけど、俺、結構モテるんだよね」
「あぁ、うん、そうだね」
「だから、ってわけじゃないけど、お前の気持ちに気付けない程、鈍感じゃないよ。」
 真っ直ぐこちらを見つめるマゼンタの瞳に吸い込まれてしまいそうだ。逃れることが出来ない、という恐怖で、視界がぼやけていく。もう、何もかも終わりだ。
 茅ヶ崎さんの表情は見えない。けれど、きっと今もまだ、困った表情をしているのだろう。茅ヶ崎さんにとってあたしはただの同僚であり、ゲーム仲間でしかない。そんなあたしに好意を向けられても、迷惑でしかないのだから。
 手の甲に、ぽたりと雫が落ちたのが分かった。フラれて泣くなんて、そこまで迷惑をかけるつもりは無かったのに。
「ごめ、なさ、」
 とりあえず、一刻も早くここから立ち去ろうと、鞄を握り締めて、ドアに手を伸ばす。はずだった。
「お前、もう少し人の話聞け」
 本日三度目。彼があたしの腕を掴んだかと思えば、溜息を吐いて、それから一言。
 呆れた声の後に、くすくすと笑っているのだから、状況が全く掴めない。その上「攻撃選択ミスったかな」なんてブツブツと独り言を始めるから、愈々話が呑み込めなくて首を傾げた。
「ごめん、言い方間違えたわ」
「……うん?」
「お前が思ってるラスボスってのは、素直に好きですって言えばHPゼロになるようなザコキャラ。お前が勝手に難易度上げてビビってるだけ。」
「……えっと、」
「あと、キャラデザは良いけど、スキルはそこそこ、HPは少ないから援護射撃と回復よろ」
 そう言って、くしゃりと笑う彼。優しく頭を撫でられて「次はお前の番な」なんて。やっぱり茅ヶ崎さんはザコキャラなんかじゃなくて、あたしの中のラスボスなのだ。

 ―――降参します、あなたが好きです。



リクエスト・ミズキちゃん(180411)






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