200人うぇい企画 | ナノ
marriage




 ―――付き合って初めて一緒に寝た日。朝目が覚めた時に、お前の寝顔がすぐ傍にあって。多分、その瞬間だろうな。あぁ、俺、絶対この人と結婚する、って思ったんだよ。まだ付き合ってすぐだったし、今後の事なんて何一つ確証はなかったけど。でも、直感的にそう思ったんだよなぁ。ほら、よく聞くじゃん「ビビっと来た」みたいなやつ。「ビビっと」かどうかはわかんねぇけど、きっとあれは、そういうやつだったんだと思う。


 今日は記念日だから、と張り切って料理を作っていれば、真っ赤な花束を抱えた彼が、いつもより少しだけ早い時間に帰ってきた。彼曰く「今日は大事な日だ、って言ったら帰してくれた」らしい。結婚記念日でもないのに早く帰してくれるなんて、随分と良い会社だ。
 そうして彼が持って帰ってきた花束を机に飾れば、お高いレストランみたいだったから、わざわざ赤と白のワインを買ってきて、料理にはナイフとフォークを添えた。そんな「雰囲気レストラン」を見て、嬉しそうな顔をした彼が「ついでだからお洒落しようぜ」なんていうから、滅多に着ることの無いドレスに着替える。彼がクローゼットの奥底から引っ張り出したスーツは、結婚式などのドレスコード用のスーツなのだろう、普段の彼とはまた違って魅力的だった。
 まさか、こんなことをするなんて思っていなかったから、あたし達のテーブルには、いつもと同じ量のサラダが並ぶ。
「オードブルです」
「ぶはっ、オードブルの量じゃねぇ」
「オオモリ、スキッテ、キイタヨ」
「料理長のご厚意、有難く受け取ります」
 折角部屋を薄暗くしてみても、あたし達の間に静かな空気が流れることは無いらしい。いつも通り、お喋りを楽しみながら、時にはお腹を抱えるほどに笑いながら、食事を進めていくのだ。それが多分、あたし達流。
 オードブルの次はスープなのだが、並べたものはミソスープと名付けた、所謂みそ汁だし、ポワソン(魚料理)はあるけれど、口直しのソルベや、アントレ(肉料理)は出ない。随分とルールを無視したコースメニューに、毎度笑い合いながら、ゆっくりと食事を楽しむ。終いには「米が食いたい」なんて言い出し、二人してお魚と一緒に白米を食べた。
「あたし達、フレンチには向いてないね」
 そう言って笑えば、彼も「そうだな」と笑う。二人の好物が、共通して「焼き魚」なのだから仕方が無いのだ。早々に用済みとなってしまったナイフやフォークが可哀想に思えるが、テーブルに並べてもらえただけでも良かったと思って欲しい。
 こんなにも「和」の料理を並べてきたけれど、デザートには一般的なイチゴのケーキを出した。これも多分、あたし達流。「急に洋風になった」と笑いあったが、思い返せばワインを並べている時点で、最初から洋風ではあったのだ。ただ、ここまで一度も口を付けていないけれど。
「折角だから、ワイン開けようか」
「あ、その前に、ちょっといいか?」
「うん?」
 コルク抜きを取りに行こうと立ち上がったあたしを制するように上げられた声に、あたしは再び椅子へと戻った。このタイミングで彼がやりそうなことと言えば、自分がコルクを開けたい、だとか。実はもっといい飲み物を買ってきた、だとか。考えては見たものの、どちらにせよコルク抜きは必要な気がする。
 首を傾げたあたしに、彼は咳払いを一つした。そこで、冒頭に戻る。


 大切な日だから、と彼が早く帰ってきたのも、花束を買って帰ってきたのも、そう。「雰囲気レストラン」に口角を上げて、折角だからお洒落しようと言ったのも、お酒が好きなはずの彼が最後までワインを開けようと言い出さなかったのも、全てはこの瞬間の為だったのか。あたしは随分と、彼に都合の良いセッティングをしていたらしい。
「俺は、これから先もお前と一緒に居たい」
「……あたしでいいの?焼き魚の後にケーキ出すような女だよ?」
「ふはっ、そんなお前だから好きなんだよ」
 やっぱり、あたし達の間に静かな空気が流れることは無いみたいだ。前々から準備していたという指輪を彼にはめてもらえば、SNSに投稿する、と意気込んで二人して写真大会。そういえばワイン飲んでなかった、とコルク抜きを取りに行ったはいいが、臆病なあたしはコルクが飛んでいくのでは、と心配で全く開けられず。そんなあたしを見てお腹を抱えながら爆笑した彼は、ワインを開けられたけれど、注ぐのが神がかり的に下手くそで、テーブルにワインの雫を撒き散らしていた。
 ワインのまだら模様がついたケーキを食べながら、この先もこうやって笑いながら生きていくんだろうなぁ、なんて呑気なことを考えていれば、彼も全く同じことを口にするから、思わずまた笑いが零れる。
「あたし、鉄朗といたら一生幸せだと思う」
「その辺はお任せください」
「うん、よろしくお願いしますね、旦那さん」


 ―――付き合って初めて一緒に寝た日。朝目が覚めた時に、鉄朗があたしを覗き込んでいて。多分、その瞬間だった。あぁ、あたし、絶対この人と結婚する、って思ったの。まだ付き合ってすぐだったし、今後の事なんて何一つ確証はなかったけど。でも、直感的にそう思ったんだよね。ほら、よく聞くじゃん「ビビっと来た」みたいなやつ。「ビビっと」かどうかはわかんないけど、きっとあれは、そういうやつだったんだと思う。



(180410)






back