200人うぇい企画 | ナノ
quiet



明日、家でアイツらと飲んでも良いか?

 スマホを片手に彼がそう聞いてきたのは昨日の夜。しかも寝る直前の事だった。多分、メッセージのやり取りをしていて、つい先程そういう話になったのだろう。
 普段から、彼が仕事の間に掃除などはしっかりしている(と自分では思っているが、世間一般的な意見は知らない)し、簡単な手料理くらいなら出せる(と自分では思って、以下略)から断る理由もない。いいよ、と答えれば、さんきゅ、と嬉しそうな顔をして、彼はスマホにメッセージを打ち込んでいた。

 なんていう昨日の話の通り、彼は帰宅と同時に「アイツら」と呼んでいた友人三人を連れて帰ってきた。及川くんと、花巻くんと、松川くん。何度も会っているから、あたしの友人と言っても過言じゃないくらいに仲はいいが、直接的な接点があるわけではない。多分、はじめと出会っていなければ、この人達とも出会うことが無かったのだと思うと、どこか感慨深いものがある。
 それはさて置き。今日の四人の話題は、高校バレー部時代の後輩たちについて、らしい。話を聞く限り、後輩の「くにみくん」が結婚したのだとか。彼曰く、先月道端で会っただろ、とのことだが、あたしの記憶に「くにみくん」の顔は残っていない。「くにみくん」を見て、嬉しそうな顔をする彼の記憶は鮮明にあるのだが。
「国見ちゃんが結婚かぁ」
「あいつ、そういうとこ抜け目ねぇよな」
「高校の時から何故か人気あったしな」
「いや、あいつは中学ん時からモテてたぞ」
 どうやら「くにみくん」はモテる子らしい。あいつはすぐにサボるけど要領だけは良いんだよなぁ、とみんなが口を揃えて言うのが面白くて「はじめとは正反対のタイプ?」と聞いてみれば、はじめ以外の三人は「そうだな」なんてケラケラと笑った。
花巻くんが「岩泉はガムシャラに突き進むタイプだよな」と言えば、松川くんが「要領はそんなに良くない」なんて。随分と失礼な気がするが、仲が良いからこそのストレートな物言いに思わず笑ってしまえば、彼が盛大な溜息を一つ。
「否定は出来ねぇ」
 そう言ってぐびりとビールを煽った彼は、それから一言「まぁ、要領悪くても幸せだから良いわ」と付け足した。瞬間、あたしも含めた全員の視線が彼に集まり、それと同時に静かな空気が流れて。岩ちゃん、酔ってる?という及川くんの言葉が結論を導いてくれるまで、あたし達は一言も発することが出来なかった。つまり、どうやら、彼は酔っているらしい。
 普段から惚気ることなんて殆ど無い彼が、こんなに素直に、照れることなく「幸せ」という言葉を口にするなんて。出来ることなら巻き戻してムービーに収めたい。そんなあたしの気持ちを知ってか知らずか、彼が酔っているということが判明した途端、真っ先に口角を上げた及川くんは「そういえばさ、」と。
「二人っていつ知り合ったの?俺、付き合い出してから知ったじゃん?」
「……あ?大学入ってすぐだ。んなの、お前に教えたら付き合う前に教えたら邪魔されんだろうが」
「ふーん、一目惚れ?」
「……わかんね、けど、気付いたら好きだった」
「岩ちゃんらしいね」
 こういう時、及川くんは臨機応変ですごいと思う。酔っぱらって口が軽くなったのを良いことに、今まで知りたかったことをどんどん掘り下げていってしまうのだ。今までも彼が酔っ払うことはあったけれど、ここまで思考力が鈍ってしまうということは、あたしたち全員、つい先程知ったはずなのに。
そういえば前に「及川は変な所だけ頭の回転が早い」と誉め言葉なのか悪口なのか分からないことを彼が言っていたような。多分、こういう時のようなことを指していたのだろう。
「及川って性格悪いよな」
「ほんとな、友達になれねぇわ」
「待って!友達だよね!?」
 どうやら花巻くんと松川くんも同じ意見らしい。二人と一緒になってクスクス笑っていれば「誰か一人くらい味方してよ!」と嘆いていたが、残念ながらここにはそんな人物など存在しないのだ。
 もういいもん、岩ちゃんと話してるから。と頬を膨らます及川くんの動向を見守っていれば、話の内容は再びあたしと彼との馴れ初めへと戻っていった。
「じゃあ、最初のデートはどこに行ったの?」
「……パンダ見たいって言うから動物園に行った」
「告白はどっちから?」
「……んなの、俺に決まってんだろ。プロポーズも俺からした。」
 彼の周りには空き缶が増え、それに比例して彼の顔も赤くなっていく。そうなると更に彼の口は軽くなり、同時にあたしの顔も赤くなっていくのが分かった。多分、彼は明日になったら今日の事なんか忘れているのだろう。あたしだけが恥ずかしい気持ちになっているなんて、それはちょっと、ズルい。
 いつの間にか、及川くんの周りにも空き缶の山が出来ていて、ふと目をやれば、花巻くんと松川くんが新しいお酒を次々と取り出しているのが見えた。飲まされてることにも気付かないくらい酔ってるから大丈夫、と花巻くんは笑うけれど、何が大丈夫なのかを詳しく聞かせてほしい。現にあたしという被害者が生まれているというのに。
 相も変わらずベラベラと惚気を吐き続ける彼は、一体いつになったら止まるのやら。既に出会いから結婚に至るまで話し尽くしただろうに。
―――じゃあ、好きなところは?
 思わず零れた溜息の向こう側で、及川くんがはじめにそう問うのが聞こえた。そういえばその話はまだしてなかったなぁ、なんてぼんやり聞き流しながら、そろそろ空き缶を片付けようと立ち上がる。勿論、彼の返事に興味が無いわけではないから、聞き耳を立てながら。
「岩ちゃん?」
けれど、何故か聞こえてきたのは彼の声ではなく、質問をしたはずの及川くんの声。もしかして寝たのか、なんて思いながら、空き缶を入れるゴミ袋を持って戻ってきたけれど、どうやらそういう訳ではないらしい。いつの間にか耳まで赤く染まった彼が、何も言わずにじっとしているところを見ると、酔いと睡魔に襲われていることは確かな気がするけれど。睡眠の一歩手前、といったところだろうか。
けれど、寝る?と聞いたあたしに、はじめはただ、ゆるゆると首を振って。
「……ダメだ」
「うん?何が?寝るのがダメなの?」
「……好きなとこは、俺が知ってればいい」
 そう言って、にへら、とだらしなく笑う彼の耳は、先程と打って変わって普段と変わらない色をしている。ということは、耳が赤かったのは、もしかして。答えは彼にしか分からないけれど、それも多分、明日には忘れ去られているのだろう。
 結局、恥ずかしい思いをしたのはあたしだけじゃないか。



リクエスト・しさちゃん(180410)






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