200人うぇい企画 | ナノ
xxx


 朝起きて、最初に気付いたことは、どうやら寝返りを打てそうにないということ。それからぼんやりと、干物ゲーマーなんて言うけれど成人男性だもんなぁ、なんて思考を巡らせる。寝返りを打てないのは辛いけれど、もう少しこのままで居たいという気持ちもあったから、あたしは手探りでスマホを見つけ出し、ゲームを起動させた。
 昨日、いつ寝たのか、あたしには記憶が無い。ゲームのイベントがある、といってテレビに張り付いていた彼と一緒に夜更かしをしたのは覚えている。こういう時、あたしの主な仕事は彼の身の回りのお世話だったり、援護可能なゲームの場合は共闘したり。今回の場合は後者で、あたしもそれなりに活躍できたと思うのだけど。
―――寝た記憶が無いということは、寝落ち?でもちゃんとベッドに居るってことは、自分で寝たのか?んんん?
 集中していなかったせいで、気付けばスマホの画面には「ゲームオーバー」の文字。いつもは余裕でクリアできるはずなのに、と悔しさのあまり「リトライ」の文字をタップしようとしたところで、不意にスマホはするりとあたしの手から離れていった。
「おはよ」
 訂正しよう。スマホは離れていったのではなく、つい先程まで寝息をたてていたはずの彼に誘拐されてしまったのだ。スマホを奪い返そうと手を伸ばしてみるものの、あたしと彼ではリーチが違いすぎる。ほんの少し、手が届きそうで届かない場所に置かれたスマホと、彼の悪戯っ子のような笑み。
「何か俺に言うことない?」
「おはよう」
「いや、うん。そうなんだけど、そうじゃなくて。ゲーム中に寝落ちたお姫様をベッドまで運んだんですけど?」
「あ、やっぱり至が運んでくれたの?」
 そんなに力あると思ってなかったから気になってたんだ。でもやっぱり至も男だから、あたしくらいなら運べるんだね、ちょっと惚れ直した。と先程から疑問になっていたあたしの思考を話せば、盛大な溜息を零した彼は「ほんと、お前には勝てないわ」と一言。それがどう意味かはよく分からないけれど、いつもゲームでは勝てないだけあって、現実世界で至に勝てるというのはどうも気分が良い。
 彼が起きたお陰で寝返りが打てるようになったので、一度体勢を立て直して、それから彼の薄い胸板に顔を埋めた。「あ、昨日の夜、風呂入ってないからね」と百も承知な彼の言葉を無視して、ぐりぐりと頭を押し付ければ、彼もそれに答えるようにあたしを強く抱きしめる。
「今日、どこか行きたい所ある?」
「え、お出掛け?いいの?」
「ん、最近構ってあげられなかったし、イベ手伝ってもらったし」
 思わず飛び起きれば、切り替え早すぎ、と彼の項垂れる声が聞こえた。彼とお出掛け、と聞いてテンションが上がったあたしとしては一刻も早く出掛けたいけれど、そこは流石、干物ゲーマー。「あと三十分は動かないから」と先手を打たれてしまった。まぁ、普段から一流商社でサラリーマンとして働いてくれているから、それくらいは我慢するけれど。
 そんな彼の横で、どの服を着ようかな、なんてワクワクしていれば「俺の服もよろ」なんて声が聞こえて、思わず笑みを零す。
「全身タイツで良い?」
「やっぱ自分で選ぶかな」
 そんな会話を交わしつつも、適当に見繕った服を彼に放れば「お前は俺を甘やかしすぎ」なんて言葉が笑い声と共に飛んできた。
 ベッドの中でスマホを弄っている彼が、まだ動きたくない、なんて言い訳をして今日の行き先を検索していることは分かっている。彼はいつもそうやって、あたしに気付かれないように努力するのだ。甘やかされているのは、多分、あたしの方だ。
 ―――好きだなぁ。
 ぽつりと呟いた言葉は、どうやら彼には届かなかったらしい。
「ん?何か言った?」
「出掛ける前に、一つだけお願い」
「なぁに?」
 今の彼に、ゲームをしている時の真剣な表情と口の悪さは見られない。だからといって、働いている時の猫を被った表情でもない。仲の良い友人と話している時の表情ともまた違うこの笑顔は、きっとあたしにしか向けられないものなのだ。そして、そんな彼の表情を崩せるのも、あたしだけ。
 彼ならきっと、一瞬驚いた顔をして、それからすぐに笑顔を向けて、あたしの願いを叶えてくれることだろう。そんな彼に、あたしはまた「好き」を募らせていくのだ。

「ねぇ至、キスして」



リクエスト・つきちゃん(180410)







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