200人うぇい企画 | ナノ
regret








 正直言って、今まで恋愛というものをしたことが無かった。
 天才子役と呼ばれ、周りの人間からチヤホヤされていた反面、誰もが俺のことを恋愛対象として認識していなかったのだと思う。ドラマの番宣でバラエティに出れば「モテるでしょ?」なんて言われるが、本当にモテないのだ。俺が芸能人だから近寄りがたいのか、一人の人間として問題があるのかは定かじゃないが。
 それと同時に、俺も誰かを恋愛の対象で見たことが無かった。一番の原因は、多分、自分が本当の恋愛をする前に、役者として恋愛をしてしまったからだと思う。ドラマの中で行われる恋愛は、やはりその辺に転がっている恋愛なんかより魅力的で、夢があった。だからこそ、現実世界での恋愛に対して興味を持てなかったのだろう。これはあくまでも推測の話だから、単純に、それまで良い人に出会えていなかったことが原因だったのかもしれないけれど。

 因みに、ここまでの話は全て少し前までの話であって、結論を言ってしまえば、俺は今まさに恋というやつをしているらしい。「らしい」というのは、前述の通り恋愛の経験が全くない俺にとって心臓がどくどくするというのが初めての体験だったため、所属している劇団の人間に相談した所「それって、そいつのこと好きなんじゃねーの?」と言われてしまった故の「らしい」である。
 そんな、まさか、この俺が。とも思ったが、頭が良くて信頼できる人の言うことだ、間違っているとは思えない。ということで、俺は恋をしているのだ。

 相手は、つい最近デビューしたばかりの女優。学園ドラマで一緒になり、同い年だということを知ってから親近感が沸いて、よく話すようになったのがそもそものきっかけだったと思う。彼女曰く「天馬くんは芸歴が長いから頼りになる」らしい。そうやって誰かから頼られることに悪い気はしなかったから、俺は演技や芸能生活のことで彼女の相談に乗ることが増えた。
自分がいつから彼女に好意を抱いていたのかは分からないけれど、気付けば、相談に乗るという行為が彼女と会うための口実に変わっていて。それでいて「恋」だと言われれば、意識してしまうのは当然の話である。
「それでここの台詞の言い回しなんだけど、」
 次の撮影シーンは彼女と二人きりで会話する所だ。お互いにやり方を合わせておいた方がやりやすいよね、という彼女の意見から話し合いになったのは良いが、台本を見ながら真剣な表情をする彼女に目が行ってしまってそれどころではない。
 いつの間にか会話は途切れていて、その代わりに、彼女が俺の顔を覗き込んだところで、俺は漸く現状を理解することが出来た。「天馬くん?」なんて不安そうな顔をする彼女。
「ごめん、あたしの所為で休憩時間奪ってるよね」
「あ、いや、大丈夫だ」
「でも、最近忙しそうだから疲れてるでしょ?」
 それはお前のお陰で十分に癒されているから問題ない、なんて答えてしまいそうになるのを飲み込んで、笑顔と共に「お互い様だろ」と返した自分を褒めてやりたい。勢い余って告白する、なんてヘマだけはしたくないのだ。恋愛ドラマの様に、とまではいかなくても、せめてカッコよくありたいというのは男として当たり前じゃないだろうか。
 それに、いつかは彼女に想いを告げたいと思っているけれど、ドラマの撮影期間中に告白してフラれでもしたらその後が気まずいから、早くてもドラマの撮影が終わってからにしたい。それ以前に、告白する練習を劇団の誰かとした方が良いかもしれないな。それから。なんて、俺がどれだけ思考を巡らせても、言葉にしなければ彼女に伝わることは無いのだ。
「あたしは、天馬くんと一緒だと楽しいから疲れないよ」
 ドラマの撮影が終わってから、だとか、告白する練習をしてから、だとか。俺の思考を全てぶっ飛ばすかのように、彼女はそう言って笑った。好きな人に「一緒に居たら楽しい」と言われることが、まさかこんなにも幸せなことだったなんて。その瞬間、初めて陥る感覚に戸惑ってしまったのだろう。
「お、俺もお前といると楽しい!」
 咄嗟に紡いだ言葉は予想以上に大きくて、撮影関係者の視線がこちらへ集まるのが分かった。撮影に迷惑が掛かってしまったことよりも、みんなの前で、彼女に自分の気持ちを伝えたことの方がよっぽど恥ずかしくて。それを煽るように「天馬くん、告白はもう少し静かなトーンの方がムード出るよ?」なんて監督さんにも笑われてしまった。
 顔から火が出る、とはまさにこのことで、顔が燃えるように熱くて手団扇でパタパタと顔を仰ぐ。目の前の彼女も同じようにしていたのは、百パーセント俺の所為だ。
「わ、悪かった……」
「え、ううん、大丈夫だけど、その」
「な、なんだ?」
「あの、その、今の、嬉しくて、どうしよう……」
「なっ!」
 そんなこと言われても、俺だって、どうしよう。
 これが「恋」なのだと知った時点で、告白の方法まで聞いておくべきだった。なんて今更後悔しても手遅れで。お互いに顔を見合わせて、リンゴみたいに真っ赤な顔で「好きです」と一言。
彼女からは良い返事が貰えたけれど、俺の不格好な告白は共演者の笑い話のネタにされたし、監督さんには別の作品でそっくりそのまま告白シーンに取り入れられるという、俺の人生最大の黒歴史が誕生した。



リクエスト・藤ちゃん(180409)






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