200人うぇい企画 | ナノ
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 付き合ってみたら違った、なんて、勝手な思い込みだけであたしの価値を定めた挙句に、理解しようともせずあっさりと捨ててしまうなんて、非情すぎやしないか。そりゃあ、人には少なからず欠点というものがあって当然なのだから、例に違わずあたしにも欠点の一つや二つ存在するのに。
 特別可愛いわけではないし、性格だってそこら辺の女子と変わらない。ただ、幼馴染曰く「お前は取っつきやすい」らしい。それが理由かどうかは分からないけれど、高校に入ってから、告白されることが多くなったように思う。勿論、嬉しいことだし、良さそうな人とはお付き合いをしてみたこともあるのだけれど。
 ―――あー、なんか想像と違ったわ。
 別れの台詞は決まってそれだった。想像とは、一体。目の前にいるあたしなんかより、想像の中のあたしが好きな男たちのことをあたしも好きになれなくて。そんな理由で付き合っては別れる、なんてことを繰り返し、記念すべき十人目の彼氏とお別れしてきたのはつい先程。
 あたしだって、色んな男をとっかえひっかえしたいわけではない。初恋の相手が結婚相手、なんて夢みたいな話を信じていたのに、やはり夢は夢でしかなかったらしい。
 昼休みに突然フラれたあたしは「そっか、ごめんね」とその男に言い残し、広げようとしていたお弁当を急いで片付けてその場から走って逃げてきた。このお弁当は、幸せな気持ちで食べてもらえるはずだったのに、多分それはもう叶いそうにない。ひっそりとした裏庭のベンチで一人、味のしないお弁当を食べるのも、いつの間にか恒例となってしまった。
 珍しく誰かが近くに居るのか、楽しそうな生徒たちの笑い声が聞こえて、それが尚更、あたしの孤独を際立たせる。今度こそ、本当に好きになってもらえると思っていた。あたし自身も、心の底から好きになれると、そう信じていたのに。ぽたりと落ちた雫が、ひとつ、ふたつとスカートに染みを作っていく。

「すいません、お隣良いですか」
 不意に、そんな言葉が投げ掛けられた。泣いている人間の隣に座るなんて、随分と図太い神経を持っているんだなぁ、と思ったのも束の間。あたしが返事をするよりも先に、隣に腰を下ろしたかと思えば「お、卵焼き美味そう」なんて人のお弁当を盗み食いする彼。否、幼馴染。
「……隣、良くないんですけど、」
「あれ?彼氏と待ち合わせでした?」
「……彼氏、居ないんで」
 この茶番も何回目だろう。幼馴染の黒尾鉄朗は、何故かあたしがフラれると決まって姿を現し、こうして勝手に弁当を攫っていくのだ。普段からあたしの周りをうろちょろしているし、弁当も取られているような気がしなくもないけれど。
 今回は最短記録だったな、と簡単にあたしの傷口を抉ってくる彼は、あたしを励ましたいのかおちょくりたいのか分からない。そうすることで、少しでも笑い話に変えてくれようとしているのかもしれないけれど、それも定かではない。
「あたし、恋愛向いてないかなぁ……」
「相手の見る目が無ぇの」
 そう言って、優しく抱きしめながら、あたしの頭をぽんぽんと撫でる彼。いつもこうしてフラれたあたしを慰めて、立ち直らせてくれるのだから本当に頭が上がらない。
 幼馴染という関係性は誰しもこういうものなのか、他所の意見を聞いたことが無いから分からないけれど、あたし達のもう一人の幼馴染曰く「二人は幼馴染の域を超えてる」みたいだ。その意見すら正解か不正解か分からないが、確かに彼ほどの良い人間はなかなか居ないと思う。あたしほどの恋愛落ちこぼれ人間もなかなか居たもんじゃないけど。
「だから俺にしとけば、って毎度言ってんのに、いつになったらお返事くれるんですかねぇ」
 体が離されたかと思えば、ベンチから降りてあたしの前にしゃがみ込む彼。こうされると、彼とバッチリ目が合ってしまうことは長年の経験から分かっている。そして彼もまた、こうしてしまえばあたしが逃げられないことをきっと分かっているのだ。
 あたしより大きくてごつごつした暖かい手が、あたしの冷え切った手を優しく包み込む。「結構本気で言ってるんですけど」と彼は言うけれど、本気か冗談かが分かるくらいには、伊達に幼馴染をやってきていない。
「でも、鉄朗には嫌われたくないもん」
「小さい頃からずっと好きなのに、嫌う方が難しいっつーの」
「みんな、想像と違ったって言ってたもん」
「生まれてからずっと一緒に居る俺と、つい最近知り合った男、どっちを信じるのが正解かわかるだろ。お前が本当はすげぇ寂しがりで、小さい頃から一緒に寝てるクマのぬいぐるみと、今でも一緒に寝てるのも知ってるし。あと、気に入ってる俳優とかアイドルが出てるドラマの時は、邪魔したらすげぇ怒るのも知ってる。」
「なっ……」
 それ、主に悪口なんですけど。そう言って怒って見せれば、ふわりと笑って「でも、俺はお前のそういう所が好き」なんて。これで居て今までに恋愛経験が無いのが不思議でならない。いや、そもそも初恋があたしなのだから、全ての責任はこのあたしなのか。
「まぁ、強いて言うなら、月バリに出てた及川のことカッコ良いとか言って、最近、青葉城西のこと応援してんのは気に食わない。東北は烏野に頑張ってもらわないと困るし、そんなことより俺の方がイケメンだし性格も良いしバレーも上手いと思うんですけど?」
 その話を鉄朗の前でしたことは無かったはずなんだけど。どこからその情報を手に入れたのか、今度は鉄朗が怒ったように唇を尖らせた。あたしの欠点なんて、彼なら沢山知っているはずなのに、唯一持ち出したのがそれだなんて。そんなの、鉄朗が嫉妬してるだけじゃん。
 視線を落とした先には、相変わらずあたしの手を握る鉄朗の大きな手。今更ながら、少し震えていることに気付いて、思わず笑みが零れる。鉄朗だって人間なのだ、好きな人に告白して緊張しないわけがない。
「何笑ってんだよ」
「ごめ、なんか、鉄朗も緊張とかするんだなぁ、って思っちゃって、」
「そりゃあ、本気だからな」
 真剣に、けれどどこか恥ずかしそうにそう言った彼は、念を押すように「まだ俺に落ちてくれねぇの?」と。彼は一体、そういうことをどこで覚えてくるのだろう。本当に大切な心の拠り所だからこそ、彼との関係は壊したくなかったのに。そんなあたしの気持ちを分かった上で、こうも簡単に壊そうとするのだ。
「もし別れるようなことがあっても今と変わらずに居てくれるって約束して」
「死ぬまで一緒に居るからその約束はできませーん」
 ケラケラと笑って、それからキスを一つ。「その代わり、一生一緒に居る約束の印」だなんて、子どもクサい言い訳は随分と彼らしくて、あたしも「ふはっ、」と笑い声を零した。

 白いスーツを着た彼に「な、俺にして正解だっただろ?」とドヤ顔を決められるのは、それから数年後の話。



(180405)






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