200人うぇい企画 | ナノ
DATE



 もっと上を。
 これはきっと、彼の中に蔓延る悪魔の言葉である。何事にも、完璧なんて言葉は存在しなくて、そのために努力する姿こそが大切なのだけれど、それをきっと彼は未だに理解していないのだ。だから、努力を積み重ねすぎて、何度も怒られているというのに。何事にも「天才」は居るもので、彼がバレーをしていく上で、その「天才」が彼の後輩である飛雄くんだった。
 その話は置いておいて、今回、あたし達が直面している問題は、決してバレーとは関係なく。つまり、初めてのデートについて、だ。前述の通り何事にも「天才」は居るもので、常日頃から女に囲まれてチヤホヤされて過ごしていた彼、及川徹の事だから、てっきりこの手のことには慣れていると思ったのに。
「あ、あのさ、誰にも言わないで欲しいんだけど」
「うん?」
「俺、その、」
「なに?」
「初めてなんだよね、こういうの」
 普段の余裕綽々な表情はどこへやら、真っ赤な顔を手で隠すように覆った彼。デートどころか、本気で好きになった人とお付き合いするのも初めてなのだとか。「手、とか、握れないかも」と消え入りそうな声で呟いた彼に「じゃあ童貞なの?」なんて堂々と突っ込んでやれば、こくりと頷かれたので、驚き過ぎて教室のど真ん中で叫び声をあげてしまったのは一週間ほど前の話だ。
 人は見かけによらない、とはこういうことなのだ。女関係の他にも、例えば授業中に居眠りをしている時のブサイクな顔だとか、運動神経は全般的に良いのに授業で行ったサッカーが極端に下手だったこととか。ギャップ萌えするかと問われれば、どれも及第点には至らなかったけれど。
 そういえば、三日ほど前におでこに冷却シートを貼っていたから「どうしたの?」って聞いたら、靴紐が解けてたらしくて躓いた拍子に岩ちゃんに頭突きしちゃった、なんて話を聞いた時はちょっとだけときめいた。「岩ちゃんは何ともなかったのに、俺はおでこ腫れちゃった」なんて恥ずかしそうに笑う姿が、きっと母性本能というやつを擽ったんだと思う。まだ母性を持つには早いと思うけど。
 そんなこんなで、彼とあたしは恋人という関係でありながらも、恋人らしいことを何一つしていないというのが現状だった。今時、お付き合いの始まりの合図としてキスを交わす恋人達もいるというのに、あたし達はデートすらしていないなんて。
「俺ね、まっつんとマッキーに相談してみたんだけど」
「うん?松川くんと花巻くん?何を?」
「そ、その……でーと、の、こととか……色々……」
 その色々が気にならないわけではないけれど、それは置いておいて。彼は彼なりにこの現状を打破しようと考えているらしく、正直、それだけでも十分に嬉しかった。これはあたし達の問題だ。どちらか一人で解決することは不可能。ましてや、彼も、それからあたしも、初めてのお付き合いなのだから。
 どうやら、松川くんと花巻くんは、彼よりその手の事に詳しいらしかった。二人とも、男女問わず友達が多いのは、よく廊下で見かける様子から知っていたけれど、彼の話を聞く限り、情報収集力にも長けているらしい。どこのクラスの誰と誰が付き合ってて、この間のデートでどこに行った、という惚気話を聞いてあげたり、デートコースの相談に乗ってあげたりしているのだとか。この世には随分と優しい人間が存在したものだ。
 そして例に違わず、彼もその二人に相談した、と。同じ部活の仲間だから、相談しやすかった、というのが一番の理由らしいが。
「それで、二人が言うには、放課後に友達と簡単に行けるような所がおススメだって」
「と、言うと?」
「え、えー……うーん……」
 花巻くんと松川くんが言わんとしていることは何となくわかる気がする。デート初心者のあたし達には、最初からカラオケに行って密室で二人になったりとか、お互いの気持ちを尊重し合わなければいけない遊園地デートだとかは不向き。気疲れしてしまうのは目に見えているからだ。それを踏まえての「友達と簡単に行けるような所」なのだろう。流石、恋愛系お悩み相談のプロ。
「あたし、徹と一緒だったらどこでも楽しめるよ」
 だって今、こうして一緒にお喋りしているだけで楽しいのだから。そう告げたあたしに、けれど徹は「ダメ」と一言。だって、もっともっと楽しんでもらいたいもん、なんて。その気持ちだけで十分だというのに。
 そう言えば、彼の中には「もっと上を」なんて囁き続ける悪魔が存在するんだった。
「もう一回まっつんとマッキーに聞いてくる!」
「え、いや、迷惑じゃ……」
「あ!とりあえず、来週の月曜日は絶対に空けといて!」
「うん、それは大丈夫だけど、」
「じゃあちょっと行ってくるね!」
 もっと上、どころか、完全に人に頼り切っている時点で底辺すれすれのような気もするけれど。それも彼らしいと言えば、彼らしいのかもしれない。頼る人間が居ないよりは、よっぽど良いことだし。

 数分後。
 少しは自分で考えろ、と怒られたらしく、半べそで戻ってきた彼を慰めることになったが、きっとあたし達はこうやって少しずつ、よたよたとよろけながら歩くくらいが丁度良いのだろう。この小さな一歩が、後で大切な思い出に変わるように願って、あたしは彼に笑いかけた。

 君と、世界で一番カッコ悪いデートを。



リクエスト・千景ちゃん(180330)






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