200人うぇい企画 | ナノ
Embrace


 たまには家でまったり過ごすのもいいんじゃないか。そう提案したのはあたしである。例えば映画を見たりだとか、ケーキでも食べながらお喋りをしたりだとか、と言ったあたしに「じゃあ、家デートのプランは俺に任せてくれ」と企画してくれたのは彼だ。
 とはいえ、あたし達に家デートの経験はない。何が正解か不正解かも分からない中、イメージだけで作り上げた「家デート」をすることになったのである。

「こっち来てくれ」
 デート当日。彼の家で映画のDVDを見ていれば、不意にそう言って優しく腕を引かれ、素直に従ったあたしの行き先は彼の足の上だった。正確にいうと、胡座をかいた彼の足の上にあたしが乗ることで、すっぽりと腕の中に収められたのだ。そのまま、ぎゅう、と音が鳴りそうなほどに抱きしめられてしまえば、あたしに脱出する術はない。本より、脱出するつもりもないのだけれど。
 以前、どうしてこの体勢をするのか聞いた時「安心するんだよな」と頬を赤くしていた彼。まったりとした空間でこうして映画を見られるなんて、映画館では出来ないことである。勿論、映画館で見る映画も迫力があって良いけれど、たまには、こうして彼に包まれて映画を見るのも悪くない。

「お腹空いてないか?」
 映画を見ながら、ふと彼はそう問うた。「実は空いてる」と返すあたしに、彼は優しく笑って「待っててくれ」と。いつもより彼に甘えやすいのは、この場に、あたし達二人しか居ないからだろうか。
それから数分後、持ってきてくれたお皿を見て、あたしは思わず口角を上げた。
「オムライスだ!」
 子どものような発言だが、まさか、彼がオムライスを持って戻ってくるなんて思いもしなかったのだ。卵のとろけ具合から見ても、間違いなく手作りである。「店みたいに美味くはないだろうけど、」と恥ずかしそうに付け足した彼は、それでも良かったら食べてくれ、とスプーンを差し出した。
 彼は自信がなさそうだったけれど、彼のオムライスはお世辞抜きで美味しい。そこでふと、最近の彼のお弁当がチキンライスだったり、オム焼きそばだったりしていたことを思い出し、もしかしたら練習してくれたのかも、と思うと尚更美味しく感じた。
「美味しいよ、作ってくれてありがとう」
「そうか、よかった」
 彼はまた、恥ずかしそうに笑った。彼が先程よりも豪快にオムライスをかき込んだのは、彼なりの照れ隠しだろう。手に持ったお皿のせいで顔はよく見えないけれど、ちらりと見えた耳は真っ赤だった。

 ご飯を食べながら映画を見たり、お喋りをしたり、その後も二人でまったりと過ごすこと数時間。殆ど話しているだけだったような気がしたが、まさかこんなに時間が経っているなんて思いもしなかった。
「何か、大地と話してるとあっという間に時間過ぎちゃうなぁ」
「それは、つまり、喜んでいいのか?」
「勿論」
 そう答えれば、嬉しそうにぽりぽりと頬を掻く彼。
「正直、自分でプラン考えるって言っておきながら何も浮かばなくてさ、後から相談するのも恥ずかしくて……なんか、ごめんな」
「ううん、あたし、大地と話してるだけで楽しいから十分だよ」
「そう言ってもらえると安心する」
 そう言って優しく笑った彼は、ふわりとあたしを抱きしめて「俺も、お前と話してるだけですごく楽しかった」なんて。いつもより体温が高く感じるのは、きっと彼が先程と同じように顔を赤くしている所為なのだろう。
 抱き締められたままキスを交わして、それから、どさり。
 されるがままに床に倒れれば、窓の向こう側は薄暗くて、ぼんやりと「電気付けないとなぁ」なんて思うのに、体は全くもってあたしの言うことを聞いてくれない。あたしに覆いかぶさる彼の力は然して強くないし、それほど圧力があるわけでもない。それでも動けないということは、つまり、あたし自身がここから先の行為を望んでいるからなのかもしれない。
「嫌だったらちゃんと断ってくれ、やめるから」
「ううん、やめなくていいよ」
「……そうか、わかった」

 たまには家でまったり過ごすのもいいんじゃないか。そう提案したのはあたしである。そこに自分の欲が全く含まれていなかったかと問われれば、頷くことは出来ない。彼の男としての本能に期待していなかったわけでもない。何故なら、女にだって下心はあるからだ。
 窓の外はいつの間にか真っ暗で、まるで世界にあたし達しかいないような静かな夜。あたし達の家デートは、まだまだ続きそうである。



200人うぇい企画「E」embrace/はなこちゃんより(180318)






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