200人うぇい企画 | ナノ
First


「明日、デート行きませんか」
 まるで彼とは思えない物言いだが、確かに彼はあたしにそう言ったのだ。
 彼と付き合ってから、まだ一ヶ月。その上、あたしも彼も初めての恋人である。モテているであろう彼からその話を聞いた時は、この世の全てが信じられなくなった。が、付き合ってみて、確かに、と思ったのも事実である。
 つまり、彼は随分と奥手なのだ。普段の彼の様子から思い浮かべていたのは、強気で口が悪く、女遊びが激しそうなチャラ男。けれど、実際の彼は正反対で。強気に見せているのも口が悪いのも、自分を大きく見せるための一生懸命の見栄っ張りだと知ったし、女遊びに関しては、激しいどころかゼロだった。まず、部活が忙しくてそんな暇など無い。そうでなくとも、彼女であるあたしをデートに誘うだけで一か月を要したこの男の女遊びなんて、底が知れている。
「うん、いいよ」
「っしゃ!」
「ちょ、ここ教室だから!静かに!」
 人目を一切気にせず、大きな体を屈ませてガッツポーズを繰り出す彼。運動部で培ったであろう、この場に似合わない声量にも、あたしと彼を怪訝な目で見つめる周りの生徒達にも、彼は一切気付いていないらしい。その姿を見れば、誰もが彼らしくないと思うのだろうが、生憎、今のあたしには彼を茶化すほど心の余裕がない。
つまり、あたしも緊張しているのだ。唐突な誘いにも関わらず、予定の確認もせずに二つ返事で答えてしまうくらいには。夜になって、ふと思い出したあたしは、手帳を見て何も書き込まれていないことに安堵した。

 翌日。
デートといえば、たとえば、映画館や水族館などの施設に行ったり、お洒落なカフェでランチをしてみたりと、共通の趣味を満喫するものではなかっただろうか。デート初心者のあたしがとやかく言えた話ではないけれど、正直に言ってしまえば、彼のプランとあたしの理想は全く噛み合っていなかった。
「まずはここで買い物しようぜ」
 そう言って彼があたしを案内したのは、大型ショッピングモール、ではなく。大型のホームセンターである。
 はて。工業高校に通っているだけあって、工具などは好きだけれど、果たしてここはデートで訪れるような場所だろうか。あたしの理想が高かったのか、彼のプランニングに問題があったのか、残念だけれど、あたし達だけで答えを導き出すことは出来そうにない。脚注しておくが、彼のプランに不満があるのではない。ただ、ほんの少し、疑問に思ってしまっただけ。
「昨日の選択授業でこれ使ったんだけど、」
 そう言って工具を手に取ったり、店内をぶらぶらと歩きまわったりしながら、楽しそうに学校でのことや部活でのことを話し始める彼。そんな彼を見ていれば、理想のデートなんてどうでも良くなってしまうくらいには、あたしは彼のことが好きだから、結果的には問題無いのだけれど。

 特別、ホームセンターで買いたいものは無く、十分にウインドウショッピングを楽しんだ後は、ファミレスでランチというプランだった。否、定食屋とでもいうべきだろうか。安くて美味しい、というのを売りにしている、スポーツ系の部活内で流行りのお店なのだとか。確かに、中高生が気軽に来やすい値段であるにも関わらず、味は普通の値段の店と変わらないくらいに、いや、それ以上に美味しい。
「ここの主人がバレー部のOBなんだよ」
 ほら、あの人。そう言って軽く会釈をすれば、主人と呼ばれたその人は片手を上げてこちらへと歩み寄ってきて「いらっしゃい、堅治くん」と。それからあたしを見て「彼女さんかな?」と笑う。呼び方や会話のトーンから二人の仲の良さが伝わってきて、何となく誇らしい気持ちになった。
「可愛いお嬢さんだね」
「手ぇ出さないでくださいよ」
「あはは、堅治くん次第かなぁ……なんて、冗談だからそんな顔しないで」
 クスクス笑う主人の視線の先には、ぎろりと主人を睨んで不貞腐れる彼の姿があって、思わずあたしも笑いを零す。そんなに心配しなくても、あたしは堅治しか選ばないのに。「こういうところが好きなんでしょ?」と尋ねられたから、素直に「はい」と頷いてみせた。赤くなった彼がそっぽを向くのが見えて、再び主人と笑い合う。
「あたし、堅治の不器用なところが好きなんです」
 恋愛になれてそうな顔して、全然デートに誘ってくれないし。誘ってくれたかと思えばホームセンターだし。でも、変に着飾ってる男よりよっぽど素直で信頼できる。そう口には出さないけれど、そんなあたしの気持ちを主人は何もかも見透かしたように「うん、二人を見てたらそんな気がしたよ」と微笑んだ。
 さっさと食うぞ、なんてぶっきらぼうな声と真っ赤な顔に、きっとこれからもずっと愛おしさを抱いて生きていくのだと、確信はないけれどそんな気がした。



200人うぇい企画「F」first(180227)






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