200人うぇい企画 | ナノ
Time Capsule


 部室裏の桜の木の下。
 今思えば、もっと分かり易い所にすれば良かったのだが、その時のあたし達にとってはその場所ほど分かり易い場所は無いと思っていたし、あたし達自身の記憶がこんなにも簡単に薄れていくものだなんて思いもしなかったのだ。後悔先に立たず、とはまさにこのことである。―――――本より、一緒に来ている旦那、鉄朗が「そういえばバレー部でタイムカプセル埋めたよな」なんて言い出さなければ、思い出しもしなかった存在なのだから場所なんて覚えているはずもないのだけれど。
「鉄郎は何入れたか覚えてるの?」
「あー……全然思い出せねぇ」
「あたしも」
 ざく、ざく。
スコップ片手に、辺りを適当に掘り進めていくが、一向にそれらしいものは見当たらない。かといって思い出すわけでもないまま「そういえば、」の一言から始まった思い出話ばかりが進み、最早、タイムカプセルを探しているという現状すら忘れてしまいそうである。「疲れたら休めよ」という鉄朗の気遣いに、素直に「ありがとう、休憩」とスコップを放り出してしまうくらいには疲弊しているのだ。
ざく、ざく。
会話が途切れ、一人分のスコップの音だけがあたし達の空間に響く。無言の空間に気まずさが無いのは、一緒に居る人物が鉄朗だからこそ、だ。額に汗を滲ませながら真剣な顔つきで地面を掘っていく姿は、今まで幾度となく見てきたはずなのにカッコ良い。
「あのさ、さっきから見過ぎなんですけど」
 どうやら、あたしの視線に気付いていたらしい。不意に手を止めて汗を拭いながら文句を零した鉄朗は、恥ずかしそうにあたしの頭をぐしゃぐしゃと乱雑に撫で回しては、再びスコップを手に取って掘り進めていく。それらの全てが照れ隠しだということなどお見通しなあたしに「だってカッコいいんだもん」と挑発されれば、すぐにカランと音を立ててスコップを手から離してしまうあたり、カッコ良さとは裏腹に素直なところがとても可愛い。
 くすくすと笑うあたしと、もう見んな、と照れながら文句を垂れる彼。この応酬を何度か繰り返し、これ以上見つからないのなら今日は帰ろうかな、なんて考え出した、そんな時である。
「あ、あった」
 ガコ、と鈍い音と、少し気の抜けたような彼の声がして、その足元を見れば、今まで探し求めていたタイムカプセル――――――といっても、頭の片隅で記憶していたものとはサイズも形も違ったけれど――――――が、やっと見つけてくれたと言わんばかりに、土の下からその存在を主張していた。衣装ケースにも似た、否、多分衣装ケースだったであろうその箱を二人で引上げ、それからそのケースを前にして、一度息を飲み込む。
「……何か、緊張してんの、俺だけ?」
「あたしもしてる」
「マジか、よかった」
「……開けるよ?」
「ん、せーのでいこうぜ」
 せーの。
 掛け声と共に開かれたその箱を二人して覗き込み、中身を確認してから顔を見合わせた。「よっしゃ、ビンゴ」と、口には出さなかったけれど、彼のキラキラした表情がそう言っていて、それを肯定するようにあたしは深く頷いてみせる。
 先に手を伸ばしたのは鉄朗だった。「これ、海のだ」そう言って手に取ったタオルを懐かしそうに見つめる彼につられて、今度はあたしもケースの中に手を入れる。「やっくんのサポーターだ」なんて、まるでくじ引きのように楽しみながら一つずつ出していけば、あたし達の代の部誌やら、誰の物か分からない数学の教科書やら、まるで四次元ポケットのように色々なものが出てくるから面白い。同じように中の物を探っていた鉄朗は、数個目にして漸く自分の思い出の品を引き当てたらしく「うぉ!」と分かり易く興奮した声を出した。
「みんなのメッセージ入りシューズ!」
「うわ、臭そう」
「引いた顔するのやめてください」
 あの頃、必死で練習していたシューズは勿論ボロボロだけれど、それが懐かしいと同時にどこか誇らしくて。楽しかった時間は過ぎ去ってしまったけれど、無くなってしまったわけじゃなく、ちゃんとあたし達の心の中に残っていたらしい。どうやら、そう思っているのはあたしだけじゃないみたいで、シューズに書かれたみんなのメッセージを真剣に読んでは、時折目を細めて遠くを見つめる彼に、思わず笑みを零した。
「来てよかったね」
「あぁ、これ持って帰ってみんなに返そうぜ」
「うん、そうしよ」
 そう聞いたのはあくまでも建前で、あたしが答えるより先に軽々とケースを持ち上げた鉄郎は、嬉々とした表情で歩き出す。別にダメだというつもりは全くなかったけれど、そんな顔をされたらダメだなんて言えるはずもない。
 素直に彼の後を追うあたしに、彼はふと「そう言えば、お前は何入れたんだっけ?」と問う。先程、彼がシューズに夢中になっている間に、自分のものをこっそり抜き取っておいたことには気付いてないらしい。よかった。流石に、彼氏とは言え、鉄朗にそれを見せるわけにはいかないのだ。
「ひみつ」
「はぁ?俺のやつ見せただろ」
「鉄郎が勝手に見せびらかしてきたんでしょ?」
「辛辣すぎて泣きそう」
 タイムカプセルの中に入っていたのは一つの手紙。勿論、過去のあたしから未来のあたしへ向けたものである。当然、タイムカプセルの存在を忘れていたあたしは、その手紙の存在なんて忘れていたし、何を書いたかだって知りもしなかったのだけれど。それを書いた時の気持ちだけは、何故か鮮明に思い出せて、あたしは赤くなっているであろう顔を俯くことによって隠したのだ。

―――――鉄朗と結婚していたら、とても幸せです。

 多分、この恋心だけは一生忘れることが出来ないのだろう。
 隣を歩きながら「本当に教えてくれねぇの?」なんて少しばかり不貞腐れている彼の言葉は無視して、けれど代わりに「好きだよ」と紡ぐ。あの頃から、ずっとね。そう付け足したあたしに、彼はただ「知ってる」と。それから「今もだろ?」なんて笑うから、あたしもつられて笑みを零した。
「ううん、愛してる」
「っ、お前、そういうの反則」
 拝啓、過去の自分。あたしは今、とても幸せです。



200人うぇい企画「T」time capsule・Φちゃん
(171128)






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