春組 | ナノ


▽ バグ




 誕生日プレゼントは魔法のカードが良い、なんて言っていたけれど、流石にそれを誕生日プレゼントにするのは違う気がして。いつもより少しだけ豪華な料理と、時間に余裕があったからケーキも作った。魔法のカードは勿論買ったけれど、それは誕生日のボーナスってことにして、プレゼントには会社でも使えるようにと時計とネクタイを。
 少しでも喜んでもらえるように、部屋はお洒落に飾りつけもしたし、驚かせるためのクラッカーも準備した。部屋を暗くして、あとは彼が帰ってくるのを待つだけ。あたしは暗がりの中、彼の帰宅を待つ間の暇潰しとして、スマホのゲームを起動させた。

 それから一時間ほどした頃。玄関の方でガチャガチャという音がして、そのすぐ後に「ただいまー」という彼の声が聞こえた。いつもはチャイムを鳴らす彼だけど、窓から明かりが漏れていなかったから、わざわざ自分で開けたのだろう。少しだけ不安げな声であたしの名前を呼ぶのが聞こえて、あまりの可愛さに笑いそうになるのを必死に堪える。
 少しずつ近付いてくる彼の足音に、ドキドキと高鳴る心臓を必死に落ち着けて、あたしはクラッカーを握った。
「ただい、」
「誕生日おめでとう!」
 リビングのドアが開いた瞬間。ただいま、ともう一度紡がれる予定だった彼の言葉を遮って、あたしの声とクラッカーの音が響いた。彼はと言えば、ビックリしたまま固まって動かない。かと思えば、紡がれたのは「マジで?」というか細い一言のみ。今までもこうしてお祝いしてきたのに、何を今更、とも思ったけれど、そう言えばあたしが「茅ヶ崎」になってからこういうパーティーをしたのは初めてだったかもしれない。
「はー、最っ高。帰って嫁が居るだけでも幸せなのに誕生日が来たら特別イベ発動?なにそれ、聞いてないんだけど、運営しっかりしろよ。っていうか結婚したら彼女が冷たくなるとか嘘ほざいてる奴誰だよ。冷たいどころか毎日好きになっていくからマジで課金必要不可欠。SSRは絶対入手案件だけどNでも絶対逃さない。いくら貢いでも足りないとかしんどい。っていうか毎日しんどい。あああああ。」
「……落ち着きました?」
「すいません、取り乱しました」
 彼は、心の声を隠すつもりなど一切ないらしい。暫くの間、大きな声で独り言を呟く彼を黙って見守り、落ち着いた頃に声を掛ければ、彼は礼儀正しく深々と頭を下げてみせた。出会った頃はもう少し外面を気にしていたのだけれど、付き合っている時間が長くなるにつれ、彼は本来の自分を全く隠さなくなったのである。あたしとしては心を許してくれている証拠だから嬉しいけれど、彼のバグ(暴走)を止める術は習得していないから、こうして黙って見守ることが今の所の最善策だ。

 少し補足すると、彼のバグ(暴走)は一般の人間よりも多く存在する。普段はエリート商社マンとしてしっかりと働いている反動がここに来ているのか、生まれ持ったバグなのかは知らないけれど。準備していた晩ご飯を食べるなりバグ(暴走)が発動し、ケーキを出したらSSRだと叫んでバグ(暴走)が発動し、プレゼントを渡してもバグ(暴走)が発動した。決して口には出さないけれど、これだけバグったら、欠陥商品どころか売り物にならない気がする。それを買い取ってしまったのが、何を隠そう、このあたしなのだけど。
 食後も、あたしにぴったりとくっついて―――とは言えゲームをしているけれど―――全く離れない彼。「あー、マジでバースデーイベ感謝」なんて、未だに余韻に浸っているらしい。
「あ、そういえば、そのバースデーイベの報酬いる?」
「っ、いる!」
 彼らしくもなく、目の前のゲームそっちのけであたしに目を向けた彼は、キラキラとした瞳であたしをじっと見つめる。やっぱり彼は魔法のカードが一番なのだろう。仕方ないなぁ、と呟いて、それから「はい」と魔法のカードを渡した。のだけれど。
 先程まで子どもの様な瞳をしていたはずなのに、一転して、彼の瞳が死んだ魚の様に輝きを失った。同時に零れ落ちた「え?」という言葉からも、彼の困惑のような落胆のような感情が簡単に読み取れて、あたしは思わず首を傾げる。
「え、魔法のカード、いらない?」
「……いる。けど、欲しかったやつじゃない。」
「うん?」
 彼がいつも買っている魔法のカードは確かにこれだ。他に何があるというのだろうか。全く理解できないあたしに、彼が「わからない?」と問う。けれど考えたところで全く分からなくて、素直に頷いたあたしに、彼はわざとらしく大きく溜息を吐いた。
「イベの報酬は限定SSRに決まってんだろ。お前をよこせ。」
「……いや、至のバースデーイベだから、SSRになるのは至じゃん?」
「……これはお前が俺の誕生日を祝う、っていう内容の至バースデーイベだから、特効SSRが俺。限定SSRがお前。」
「ちょっと、そういうのズル……んっ!」
 異論は認めてくれないらしい。彼の唇があたしの唇を塞いで、何も喋ることが出来ない。「んん!んんん!」という懸命な抗議も彼には無意味。何てったって彼は、ありとあらゆるゲームで必ずと言っていいほど一位に鎮座している廃課金ゲーマー「たるち」だ。

 ―――推しのSSRは絶対に逃さないって言っただろ、覚悟しろよ。

 ニヤリと笑った彼のバグは、あたしには止められない。



至生誕祭(180424)


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