松野家三男、松野カラ松は、ドルオタである。 好きなアイドルは橋本にゃーで、ライブには殆ど毎回参加しているし、握手会も何度か参加しているほどに本格的なドルオタだ。あたしがその事実を知ったのは、割と最近である。CDをたくさん買ってることや、何らかのライブに行ってることは気付いていたけれど、それが誰なのかはさして興味がなかった。しかも、まさか兄弟がドルオタだなんて思わないじゃないか。
「チョロ松、今日のライブ行くんだよね?」 「うん、行くけど。」 「あたしも行く。」 「えっ、わ、わかった!」
「やったー!」と騒ぐチョロ松を無視して、寝間着から外出用のパーカーに着替える。何故チョロ松が騒ぐのかと言われれば、話は長くなるが、結論から先に言えば、あたしとにゃーちゃんは知り合いである。いや、友達と言ってもいいほどだ。 数年前、屋根の上でカラ松のギターを勝手に拝借して歌っていたところ、偶然通りかかったライブハウスのオーナーに目をつけられた。それが今、一部のファンの間で有名な地下アイドルのにゃーちゃんが使っているライブハウスで。バイト兼アーティストとして、たまにライブをしながらライブハウスでお手伝いをしてお金を貰っている。ライブの都合上、何回か楽屋が被ったことがあり、それがきっかけで仲良くなったのだ。因みにあたしがライブをしていることは、兄弟の中でチョロ松しか知らない。
「言っとくけど、にゃーちゃんと仲良くなりたいなら自分で何とかしてね。いくら兄弟でも、友達売るようなことはしたくないから。」 「うん、わかってる。一緒に歩いてくれるだけで十分だよ、ありがとう。」 「……ふはっ、チョロ松、変わったよね。」 「え?どこが?」 「小さい頃、あたしの隣歩くの嫌がってたじゃん、チョロ松だけ。」 「あー……」
昔を思い出しているのだろう、空を見上げて苦虫を噛み潰したように声を漏らした。「やだよ、松姫(まつき)と手繋ぐの!」なんて何度言われただろう。隣すら歩いてくれなかった時期もあったのに、今ではどうだろう。隣を歩くだけでありがとうと言われてしまったのだから、何だかくすぐったい。大人になり、あの時のチョロ松の気持ちがわかった今となっては、あれもいい思い出だ。 チョロ松を見て、それからわざと手を繋いで歩き出す。顔を真っ赤にしてオーバーヒート寸前のチョロ松は、咄嗟に手を振りほどいてあたしとの距離をとった。
「な、何すんの!?」 「こういうの苦手なんだもんね、小さい頃から。」 「うっ、さいわボケ!」
何がきっかけだったかは覚えてないけれど、ある日、あたしは全部気付いてしまったのだ。チョロ松があたしと距離を置きたがるのは、単純に、女であるあたしと手を繋ぐことが恥ずかしいからなのだと。 それと同時に気付いたことがもう一つ。兄妹であるあたしとすら手を繋げないチョロ松は、もしかしたら一生チェリー……いや、気付かなかったことにしよう。
(160808)
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