大きな栗の木の下で | ナノ


18.


「話を聞いちゃる」なんていうのは建前で、きっと仁王くんは授業をサボりたかっただけなんだと思う。さっきの授業もお昼の後で眠たかったのか、仁王くんは殆ど寝てたような気がするし。今日最後の授業なんだからもう少し頑張って参加すればいいのに、これから部活がある彼らには関係ないようで、手を掴んで「早く行くぜよ」なんて、強引ではないだろうか。

「あー、鍵かけんの早すぎだろぃ。」
「放課後になったら屋上の鍵閉めちゃうんだね。」
「防犯らしいぜよ。」
「なるほど。」

これは授業をサボろうとしている仁王くんへの天罰かもしれない。いつもは開いているはずの屋上のドアは既に施錠されていて、あたし達は階段を下りた。放課後になったら鍵を閉めるということがわかっただけでも良しとしよう、なんてポジティブに考えることにする。
ということで、あたし達は仁王くんの第2のサボリ場所である保健室に向かうことになった。保健室の先生は出張やら何やらで殆ど保健室に居ないらしい。これを職務怠慢と言わずになんと言えばいいのだろう。

「……あれ、電気ついてるぜ。」
「誰か居るんか、珍しいのう。」
「まぁ保健の先生なら大丈夫だろぃ。失礼しまー……げ。」

立ち止まる丸井くんの背中にぶつかるこの現象はいつかも体験したような気がする。保健の先生なら大丈夫という根拠は全くわからないけれど、丸井くんの反応を聞く限りでは保健の先生じゃないらしい。一刻も早く丸井くんの「げ。」の意味を知りたいところだけど、なんせ丸井くんがそこを動こうとしないものだから何も見えない。

「……げ、とは中々の言い様だな。」
「柳、」
「何で柳がここに居るんじゃ。」

未だに目の前の人物が見えないけれど、柳というのは確かテニス部の参謀だったような。あたしはまだ柳くんを認識していないから、柳くんが一体どんな人なのか会ってみたいところなのに。まるでそれを許さないと言わんばかりに丸井くんが立ちはだかっている。それどころか仁王くんまであたしの前に立ちはだかって保健室のドアを塞ぐもんだから、あたしは中の様子が一切分からない。勿論それは中の人にとっても同じことで、あたしのことは全く見えていない、はずなのに。

「……とりあえず三人目を中に入れたらどうだ。後ろにいるのが噂の名無しさんである確率は、言うまでもないだろう?」

どうしてあたしがいることがわかったのか、あたしの名前を知っているのか。疑問がいくつも浮かんで戸惑うあたしを他所に、前方の二人は振り向きざまに溜息を吐く。「柳にはなんとなく会わせたくなかったんだけどな、」「同感じゃ。」なんて二人の言葉が何の意味も持たない音となってあたしの耳を通り過ぎた。

柳くん、それは精市くんとよく一緒にいる人。


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