大きな栗の木の下で | ナノ


16.


「あたし、やっぱり精市くんとちゃんと会おうと思う。」

昨日の今日で何が起きたのか、俺にはさっぱりわからなかった。断固として会わない、そんな雰囲気だったのに。「何かあったのか?」と素直に疑問を口に出せば、「話さなきゃわかんないこともあると思って。」なんてふわふわした答えが返ってきた。
それに対して俺は一体何て答えればいいのかわからないけれど、頑張れよ、だなんて無難なセリフに名無しさんはコクリと首を縦に振る。

「精市くんは、会ってくれるかな。」
「幸村くんが会わないわけないだろぃ。」
「……なんで?」
「何でってそれは名無しさんが一番よくわかってるんじゃねーの?」
「それは、」

少し意地悪な言い方をしてしまったかもしれない。声のトーンをわかりやすいほどに下げて俯いた名無しさんは、俺が「まさか」と思うよりも先に涙を零した。授業中、最後列、注目を浴びるようなことはないかもしれないが、俺が泣かせてしまったという罪悪感から動揺せざるを得ない。
それを知ってか知らずか、さっきまで机に伏せていたはずの仁王が呆れたような顔を向けていた。

「何でお前さんが泣かしとるんじゃ。」
「そういうつもりじゃなかったんだけど、ごめん、名無しさん。」

言えば、名無しさんは左右に小さく首を振る。え、許してくれない?なんて思ったのはほんの一瞬。違うの、と震えた声で呟く名無しさんに俺は首を傾げた。それと同様に仁王も首を傾げて「何が違うんじゃ」と尋ねれば、またしても言葉を失う名無しさんの頭に自然と手が伸びる。

「ゆっくりで良いからな。」
「……だって、あたし、精市くんに、酷いこと言った。」
「嫌い、って言ったこと気にしてんのか?」

聞き返せば、名無しさんはただ頷いて、それから涙を流し続けた。
やっぱり。俺の中に浮かんだ言葉は仁王の中にも浮かんだようで、確信に満ちた仁王の顔が視界に入る。きっと、ずっと会いたかったはずなのに、たった一つ「何か」のせいでこんなにも上手くいかなくなるなんて、幸村くんも思いもしなかったんだろうな。まだ、その「何か」に首を突っ込めるほど、長い付き合いをしていない俺らにはわからないことばかりだけど。

「まぁ教室で話すものアレじゃけぇ、次の時間に屋上あたりで話聞いちゃるぜよ。」
「っつーか、このまま教室に居るのは、な。」
「それはブンちゃんが泣かせたからじゃろ。」
「う、」

否定できずに小さく唸れば、喉の奥でククッと笑う仁王に釣られて、名無しさんも小さく笑った。


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