大きな栗の木の下で | ナノ


06.


見た瞬間に、それが“幸村”くんであり、精市くんであることはすぐにわかった。
大人っぽく格好良く逞しくなっても変わらない、あの頃と同じ精市くんの雰囲気。

「仁王、ブン太、部活のことで話が、…………名無しさん?」
「っ、」
「待って」
「やだ!」
「名無しさん!」

あたしの瞳には彼が映って、彼の瞳にはあたしが写っていた。それと同時に浮かんだのは「逃げたい」という気持ちだけ。それを拒むようにあたしの腕を掴んだ、彼の大きな手も強い力もあたしは知らない。けれど、あたしの動きを止めるのに十分だということはよくわかった。

「離して、」
「名無しさん、何で、」
「…………。」
「名無しさん、俺はまだ」
「そんなの聞きたくない!……嫌いなの、触らないで。」
「っ、…………ごめん。」

悲しげな顔をする精市くんを見たあたしは、腕を離されてもしばらく動けなかった。あたしが精市くんの言葉を遮って紡ぎ出した言葉が教室中に響いて、視線がこちらへ集まっているのがわかる。会いたかった、けれど会いたくなかった。そんな感情が心の中でいくつも交差する。精市くんに掴まれた左腕が、熱を帯びて重い。
すると不意に肩に手を置かれ「落ち着きんしゃい、お二人さん。」と、仁王くんの一言。

「で、幸村くんの用事っつーのは?」
「あ、あぁ。今日からしばらく赤也も含めたレギュラー内で色んなダブルスの組み合わせを試そうと思って。」
「何じゃ、それだけなんか。」
「おい仁王、」
「冗談ぜよ。」
「……それじゃあ後でね。」

足早に立ち去る精市くんの背中を目で追っていると、仁王くんは溜息をひとつ零した。あたしを見ている二人の視線に「幼馴染なの。」と答える。そうすれば、丸井くんはいつものようにガムを膨らませながら首を傾げた。「幼馴染って感じには見えなかったけど。」と。
あたしだって幼馴染とは笑顔で再会するものだと思っているけれど、あたしは精市くんにそれができない。

「幸村はお前さんのこと嫌いとは思ってないんじゃなか?」
「だよな、むしろ逆っつーか。」
「わかってる、けど……。」

確かに二人の言う通りだと思う。嫌いだと言ったのはあたしだけだし、精市くんの気持ちはあの頃と変わっていないんだと思う。自惚れかもしれないけれど「俺はまだ」と言いかけた精市くんの言葉の続きは、きっと“好き”の二文字。
精市くんに掴まれた腕を眺めながら、まだ残っている彼の感触を思い返す。あたしを強く握る彼の手が震えていたことに気付かないほど、あたしは愚かじゃなかった。



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