梟谷 | ナノ


▽ 流れ落ちた光


彼は泣くのが下手くそだ。バレーの練習がどんなに辛くても、副部長という仕事がどんなに大変でも、彼はひらりと交わすようにあたしに笑顔を向けて。彼の「大丈夫ですよ。」はいつもあたしを心配させる。

「明日試合だから早く帰れって木兎さん言ってたよ?」
「明日試合だから、もっと練習しないと、」

試合と言っても練習試合なのだが、一戦一戦を大切にしている彼だからこそ、練習試合でも本気で挑みたいのだろう。その気持ちはわからなくもないが。
先輩も後輩も先に帰ってしまった静かな体育館。時計を見れば、練習が終わってから一時間ほど経とうとしている頃だった。これ以上やらせたらオーバーワークになってしまう。

「京治は、木兎さんの言うこと聞けないの?」
「そういうわけじゃ、」

我ながらズルい手だと思った。彼が木兎さんを尊敬して信頼して、部長としても本当は頼りにしているのを知った上で、木兎さんを引き合いに出したのだから。表情を曇らせた彼の瞳が揺れる。手に持ったままのバレーボールをじっと見つめて、いつものように言い返すことなく黙り込んだ彼に、あたしは小さく溜息を吐いた。

「帰ろう。」
「い、やだ、」
「子どもじゃないんだから、」
「いやだ、まだ練習する、」

子どものように駄々をこねる彼は初めてで、何とか言いくるめられないかと思考を巡らす。けれど何も浮かばないどころか、彼が零した一滴の雫にあたしの思考は停止した。彼が泣くだなんて想像もしなかったし、それほどまでに思い詰めていただなんて知りもしなかったのだ。慌てて指で彼の涙を払うけれど、一度流れ出したものは止め処なく溢れて来て。

「強く、なりたい、」

そう零した彼をあたしが支えていかなければならないのだと、決意の意味も込めて彼を優しく抱きしめた。



(160111)お題...まねきねこ


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