青葉城西 | ナノ


▽ 久遠の楽園


いつもそれなりに賑わっている屋上が、昼休みにも関わらずこんなに閑散としているのは、青葉城西高校生活3年目にして初めてのことだった。いつもはうるさくて聴こえない風に揺れるフェンスの音や中庭に居るやつらの笑い声も、今日だけはその存在を主張するかのように大きく鳴っている。いや、本当はいつもと変わらないのかもしれないけれど、この静かな空間に浮かんで聴こえるという点では大きい音ということに違いない。
目の前に座る、毎日一緒に昼飯を食べている俺の彼女もまた同じことを考えているようで「今日はなんか、中庭が賑やかだね」と声を漏らした。ただ、決して彼女も俺もこの空間が嫌いなわけではない。家でしか味わえないような二人きりの空間をまさか学校で過ごせるなんて思いもしなかったし、遠くから聞こえる他の生徒たちの声に何故か少しドキドキするのも悪くなかった。

「名無しさん、」
「ん?」

呼びかけて、それからどうしようかなんて考えてもいなかったのだけど。ただ呼びたくて、ただ触れたくて、大好きで。だからほんの少し甘えたい気持ちが出てきてしまったのかもしれない。家では甘えさせてくれるから、外では男らしく、名無しさんに甘えさせるようなカッコいいやつになると決めていたはずなのに。学校であるにも関わらず二人きりというこの空間が、俺の理想像の物差しメモリを濁らせてしまったのだろうか。

「いつもの、する?」
「……する。」

優しく笑いながら首を傾げてそう聞いてきた名無しさんに、俺は首を横に振ることなんて出来ずに、まるで操られているかのように素直に縦に振ってしまった。恥ずかしいことをしてしまったと頷いてから気付くけれど、たまにはこういうのもアリかな、なんて甘ったれた自分も確かに存在していて。いつもの、と言われるほど俺達の中では当たり前になってしまった名無しさんの膝枕様に心の底から感謝してそっと頭を乗せれば、ここが学校だとか地面が固くて痛いだとか、この世界の不条理なこともすべてどうでもよくなってしまって。不思議なくらい落ち着くこの場所が、俺の瞼を重くしていくのがわかった。

「じゅっぷん、だけ……、」

久遠の楽園というものはもっと手の届かない場所にあるものだと思っていたけれど、そういうものは案外一番近くにあるのかもしれないな、なんて。よく聞くような言葉を頭に浮かべながら、その心地良さに意識を手放した。


(160319)お題...まねきねこ



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