Hot summer !!! | ナノ


  06.そんなの見たくない


この世には、経費削減という言葉がある。それは全体を通してみればいい言葉かもしれないが、細かいところで誰かが犠牲になっているものだということを忘れないでほしい。
その中の一人が、今、半べそを浮かべながら布団に沈み込んだ。


「……家に帰る。」

半べそどころか普通に泣いとる気がするのは幼馴染の勘。元気有り余って「光の部屋遊びに行くね!」なんて言う名無しさんの横で、部長の顔が引き攣っていたように見えたんはこういう理由か。

「すまんな、名無しさん。ちょっとした手違いで、相部屋になるはずの竜崎先生が一人部屋になってしもうて……。」
「…………。」
「過ごしやすいメンバーで固めてみたんやけど、」

つまり、青学の顧問である竜崎先生との二人部屋になるはずが、手違いで一人部屋になってしもうたらしい。せやけど男子だらけの部屋に女(っちゅーてもおばさんやけど)の顧問が同室はあかんから、部屋のメンバーを少し組み替えることで治めた、と。
その考えもどうかと思うけど、確かにこの部屋のメンバーは部長、謙也さん、侑士さん、仁王さん、越前、俺っちゅー親しい人が殆どや。半数がおねしょする頃からの付き合いやし、名無しさんも過ごしやすいやろうけど。

「あたし、今日めっちゃ頑張った。」
「お、おう、せやな。」
「ドリンクもタオルも全員分やった。」
「……おん。」
「その恩を蔵は仇で返すっちゅーこと?」

なぁ、と顔を上げて部長の服を掴む名無しさんは、宛ら子犬みたいや。その技をどこで覚えてきたんかは知らんけど、男にダメージを与えるには効果的で。ましてや、明らか名無しさんに好意を寄せとる部長相手や、精神的ダメージを食らわないはずがない。

「すまん、名無しさん。何かあったら俺が護ったるから泣かんといて。な?」

案の定、やな。名無しさんを軽く抱き寄せてポンポンと頭を撫でる部長は、誰が見てもお手上げ状態。なんとか名無しさんを宥めることしか出来ひん。
まぁ、幼馴染の経験から言わせれば、ご飯食べて放って置けば元気になるんやけど。そんなことより問題なのは、恋愛漫画の如く台詞を吐いた上に名無しさんを抱き寄せるっちゅー部長の行為や。

「はよ涙拭きや。」
「えっ、ちょ、光!?」
「夕食バイキングらしいで。」
「ま、待って光!」

唐突に飛び出した俺の腕は、名無しさんを掴んで部長から剥がす。そのまま、状況を掴めない名無しさんを部屋の外へと連れ出し、立ち止まりも振り返りもせず歩き続けた。
何しとんねん、俺。アホらしい。

アホらしいくらいに、腹立つわ。


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