烏野 | ナノ


▽ せめて追いつかせてくれよ


 あたしとあの人の年齢差は、片手じゃ表せない。それに気付いた時に、酷く落胆したのを覚えている。まだまだ子どものあたしでは、この年の差を埋めることが出来ないことくらい分かっていた。それと同時に、彼への気持ちを諦められないことも、ちゃんと分かっていたからだ。
 一年に一度の誕生日を迎えた今日、みんながあたしを祝ってくれるのに混ざって、彼は「誕生日なのか、おめでとう」と、あたしよりも子どもの様な笑顔でそう言った。他の誰に祝われるよりも嬉しいのに、それでいて、胸が苦しくなる。一瞬、ほんの一瞬、彼との差が縮まったところで、大人と子どもという大きな壁を乗り越えることは出来ないのだ。
「ありがとうございます」
「肉まんくらいなら奢ってやろうか」
 そう言ってケタケタと笑う彼に、自分の気持ちを押し殺して「じゃあ肉まんお願いしますね」なんて言えるほど、あたしは大人じゃない。大人になりたいくせに、子どもから脱却することすら出来ず、ただじたばたと足踏みしているだけ。せめて、この気持ちを我慢することが出来たら良かったのに。
「あたし、鳥養さんが欲しいです」
 言い終えるより先に、こんなことを口走ってしまったことを後悔したけれど、それを止める術さえ分からないあたしは、言葉尻を小さくするのが精一杯だった。
 目を見開く彼をそれ以上見ていることは出来なくて、咄嗟に視線を足元へと落とす。いつもみたいにケラケラと笑って「冗談言ってんじゃねぇ」なんて、笑い話にしてくれればいいのに。その方が、よっぽど楽だったのに。見開いた彼の瞳が揺れていたのは、きっと動揺しているからだろう。否、動揺「してくれて」いるのだ、こんな子どものお願い一つに。
「……それ、本気で言ってんのか」
 表情を見なくても、彼が困った顔をしているのは何となくわかった。煙草を吸おうとして、それからケースに戻したのも、音で何となくわかった。全て、あたしが子どもだからこその反応なのだ。高校生に告白されたら困った顔をするのは当たり前だし、未成年の前でタバコを吸わないようにしているのは彼の気遣いだろう。そんなの、知っている。だからこそ、彼の動作の一つ取り上げただけで、こんなにも胸が締め付けられるのだ。
「あたし、誕生日なのに、やっと一つ歳を取ったのに、それでも烏養さんに全然近付けないです」
「そんなに無理に歳とってどうすんだ」
「だって、あたし、」

 ―――烏養さんが好きなのに。
 
 紡がれなかった恋心の代わりに、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。言えるわけないじゃないか。きっと、言ってしまったらこの恋は終わってしまうのだから。そうやって思いを告げて、一つひとつを割り切って生きていけるほど、あたしは大人じゃない。どこまでも子どもで、頼りなくて、どんなに好きだとしても、烏養さんの隣に居られるような人間じゃないのだ。
 伸ばされた彼の手が、わしゃわしゃとあたしの頭を撫でた。どんなにこの恋が苦しくても諦められないのは、彼の温かい手を知ってしまったからかもしれない。だとしたら、神様はなんて残酷なんだろう。この暖かさを知らなければ、こんなにも辛くならなかっただろうに。
 けれど多分、この暖かさを知らなかったら、こんなに幸せな気持ちになることもなかったのだろう。
「お前のペースでゆっくり歩いてこい。ちゃんと待っててやる。」
 あぁ、ほら。やっぱりあたしは彼に追いつけそうにない。



かっさらい隊/しさちゃんより(180407)


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