君の代わりに | ナノ



11.


特に理由はないけれど、暇潰しの相手に名無しさんを探しとったら謙也さんに声を掛けられた。「誰探しとるん?」っちゅーその人の声を無視して歩き出すつもりやったのに、急に発せられた「名無しさんちゃんなら白石と部室行ったで。」っちゅー言葉に足を止める。

「図星やったな。」
「……、謙也さんに言われると倍腹立ちますわ。」
「何でやねん!まぁでも良かったわ。」
「は?」
「財前は誰も愛されへんのかと思っとったけど、ちゃんと好きなやつ居ったんやな。」

せや、この人も根っからの善人やったわ。まるで自分の事のように笑って、それから俺の背中を押すあたり、部長よりもいい人かもしれへん。ウザいし腹立つから、本人には言ったらんけど。
謙也さんと会話を終えて、やっと部室に向かった俺に聞こえてきたんは、中で話しとるであろう名無しさんと部長の声。会話の内容からして、きっと名無しさんの足のことを話したんやと思う。それなら、俺がここで盗み聞きする必要はないっちゅーことや。

「ほな、今まで学校の行事とか、競歩大会とかマラソン大会とかは、」
「俺が強制的に休ませましたわ。」
「ひ、光!?」

ガチャリと音を立ててドアを開ければ、名無しさんの予想通りの反応が飛んできた。百面相やめろっちゅー俺の話はとっくに忘れたらしい。
名無しさんの反応に答えずに、一先ず空いとる席に座る。そうすれば「財前もお茶でえぇか?」なんて部長の声が飛んできて、部長の意図を理解した。

「長距離があかんって、もし歩いたらどうなるん?」
「足が痛くなるのが先か、動かなくなるのが先か、っちゅー感じっすわ。」
「動かなく?」
「動かなくなるっちゅーより、足がしびれる感じです。例えるなら、ずっと正座しとって立ち上がった時とか。痛みは、言葉にはできないです。」

俺は名無しさんのその状況を何回も目にしとる。俺には経験したことないような痛みが名無しさんに襲い掛かっとることを考えると、悔しくて仕方がない。名無しさんに、何もしてあげられへんなんて、自分自身が情けなくて腹が立つ。俺が強制的にでも名無しさんに無理をさせへんのは、名無しさんの辛そうな顔をこれ以上見たないっちゅー俺の願望から生まれたかもしれへん。

「それは、財前が止めるのも当たり前やな。」
「ここまで過保護やとウザいだけですよ。」
「はは、財前も名無しさんちゃん相手やと言われっぱなしなんやなぁ。」
「…………、それだけとちゃいますわ。」

俺の一言が何に繋がっとるのかをすぐに理解できひんらしい二人は、俺の言葉に疑問符を浮かべるだけやった。「過保護なん。」と付け足して、漸く理解したらしいけど。
俺には、まだ名無しさんに言っとらん秘密がある。言えば、嫌われることが目に見えとって、言おうにも言えへんかった。そう思ううちに言うタイミングを無くして、今。もうそろそろ、言わなあかんっちゅーことかもしれへんな。

「あの日、ボール取れへんかったのは名無しさんの所為やないっちゅーことや。」
「何なん、投げるんミスるくらい誰だってあるし、あたしが、」
「そんなんちゃうわ。」

単純にミスやったら、こんな気持ちにはならへんかったと思う。こないな自分自身への苛立ちも、きっと無かったはず。



あの日、名無しさんと遊ぶ前、俺は些細なことで兄貴と喧嘩した。っちゅーより、俺が一方的に怒って、兄貴がまぁまぁと宥めるような感じ。いつもと同じ。せやけどその日の俺は、その“いつもと同じ”が気に食わへんかった。兄貴やからっていつも偉そうにして、腹立つ。
その気持ちのまま、俺は名無しさんと遊びに行った。

『ひかる、元気ないで?またお兄ちゃんと喧嘩したん?』
『おん。』
『そないぷんぷんしとったら、鬼さんみたいな顔になるんやでー!』
『なるわけないやろ。』

別に、道路に出すつもりはなかった。ただ、少しだけ遠くに投げて、名無しさんが「取れへん」って泣けばそれで満足やったのに。しゃーないな、て言うて優しく投げたりして、今度は「取れた」て喜ぶ名無しさんが見れれば、それでよかったんや。
急ブレーキの音、何かと何かがぶつかる音、見てはいけないもの、見たくはなかったもの、見たくはなかった光景、叫ぶ人、携帯で話す声、救急車の音、それから、それから。

俺の泣き叫ぶ声。

(20120904)


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