君にECSTASY | ナノ





「光、逃げよう!」
「は?」
「あたしあの家に帰れない!」
「………は?」

部活が終わってすぐ、あたしはさっさと帰る支度をして光を部室から引きずり出した。が、引きずられている側の光は、ただただあたしに怪訝を投げる。

「せめて説明してくれません?」
「後でね!」
「……ほな善哉。」
「え?」
「善哉奢ってくれるんやったら、構へんっすわ。」

どないするんです?って返事を求めてくる光に、あたしは素直に首を縦に振った。光が善哉好きだなんて意外過ぎて驚いたけど、一々驚いてられるほど今のあたしに余裕はない。

「蔵ノ介くんが帰りに通らない所に行こう!」
「…ほなコンビニ近くの甘味処がえぇんちゃいます?」
「う、うん?よくわかんないから光に任せる!」
「はいはい」

それから光の後ろをくっついて歩いていけば、気付いた時には目の前に和風の建物。親子で来るのが相応しそうなその建物に学生2人で入るなんて思いもしなかった。

「…で、何があったんすか?」

とりあえず善哉を2杯注目すると、光は気怠そうにテーブルに肘をついてそう聞いてきた。だけど事の全てを説明するには難しすぎるから、要点だけ「蔵ノ介くんにキスされた」と一言。言えば光の瞠若たらしむ顔が目に映って、あたしはただ俯く。

「へぇ、部長が。それで顔合わせにくいっちゅーことですよね?」
「…うん」
「せやけど同じ家に住んどって顔合わせへんっちゅーのは無理やと思いますけど。」
「わかってる、けど…もう少し落ち着きたい。」
「名無しさん先輩、部長好きなんとちゃうんですか?」

不意に、核心を突かれて、あたしは何も答えることが出来なくて。暫くして、まるであたしと光の間に生まれた沈黙を破る為かと思えるくらい丁度良いタイミングで善哉が届けられた。

「意外っすわ、部長がそない大胆なことする人やったなんて。」
「あたしだってびっくりしたよ。」
「まぁ、変態臭いとは思っとりましたけど。」
「ははっ、それ言っちゃダメだよ!」

そう言って笑えば、光はそんなあたしを見て満足気な笑顔を向ける。それから自然な流れで、あたしの善哉から白玉を1つ奪って食べて、また口角を上げた。

「名無しさん先輩は笑っとる方が似合ってますわ。」
「え?」
「…公園、行きましょか。」
「あ、うん!」


 □


気付いたら居らんかった。名無しさんちゃんが居ると思って少しだけウキウキしながら入った部室には誰も居らんかって、謙也に聞けば財前とコートを出るんを見たとか。今更気付いても遅いことくらいはわかっとるから、しゃーなしに1人で帰宅。

「あ、おかえりー」
「オカン、名無しさんちゃんは?」
「あれ、知らんかったん?後輩くんと善哉食べてから帰るって連絡来たで。」
「ん、そっか」

『後輩』と『善哉』か。せやったら尚更、名無しさんちゃんが財前と居るんは確実や。それからこれは予測やけど、俺は名無しさんちゃんに避けられとる。そうやなかったら教えてくれてもえぇはずや。

「ご飯はどないする?」
「名無しさんちゃんが帰ってきてからにするわ。」

オカンにそう言うて、俺は部屋に入った。それとほぼ同時に携帯が鳴って、サブディスプレイに映る『財前』の文字に思わず体が跳びはねる。とりあえず落ち着いてメールを確認すると、そこにはたった1行。

『貰ってもえぇですか?』

絵文字も顔文字もないたったそれだけのメールやったけど、俺を動かすには十分やった。『何処や』って返せば『公園』とだけ返ってきて、公園やってだけでも教えてもらえたんが嬉しい。それくらいテンパっとって。

「蔵ノ介、どこ行くん?」
「公園や!」
「気付けるんやで。」

オカンに適当に返事をして、俺は家を飛び出す。どの公園かなんわからへんけど、近くの公園回るくらいの体力はあるはずや。そう思って近くの公園を片っ端から走り回った。
阿呆みたいや、俺。めっちゃ焦って、こうやって公園走り回って。いつの間にか自分がこない名無しさんちゃんを好きになっとったんに気付かなんった。せやから、財前に名無しさんちゃんを取られそうになって焦っとる自分が滑稽でしゃーない。



  →suffer
     負ける気なんやないで




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