好きや、それが理由 | ナノ


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面倒や。いくらこれが家系的な問題やったとしても、ここまで面倒なもんやないと思う、普通は。

「最近は物騒やなぁ。」
「はぁ、そうですね。」

俺にとって“ご主人様”っちゅー偉そうな立場にあたるそのおっちゃんは、お洒落なんか知らんけど長く伸びたあごひげを触りながらそう言うから、俺は曖昧な言葉を返した。やけに遠回しな言い方をする“ご主人様”にイラつきながらも、とりあえず話を聞いてやるんも俺の家系、執事の仕事や。
とは言ったものの、ニヤリと笑って「名無しさんが心配やろ?」なんて言われて、はいそうです、て答えられるような人間ちゃうねん、俺は。

「素直に、護ってほしい、て言うたらどうなんです?」
「っ、やって光くん、最近パパの相手してくれへんやん!」
「誰がパパっすか。」
「パパ寂しーい!もっと構ってや、光くん!」

そないなこと言うから、執事である俺にも適当な態度をされるんやって気付かへんのやろか、この人は。それを声に出さない代わりに表情に出してみるけど、きっとそれすら気付かへんのやろう。
小さく溜息を零せば「幸せ逃げるで!」とかなんとか言われて、今まさに逃げとりますわっちゅー言葉を口から零れる直前で飲みこんだ。言ったところで、また「酷い!」やの「意地悪!」やの散々言われるやろうし、そこで溜息ついてもうたら堂々巡りやし。
流石に学習するっちゅーねん。

「あー、まぁ、今度きっと話し相手したりますんで、多分。」
「それ嘘ついとる言い方や!」
「ほな嘘なんちゃいます?」
「ちょっ、光くん俺の扱い酷いんちゃう!?」
「気のせいっすわ。」

一々、この“ご主人様”の機嫌を取るような返事をすることも面倒なくらいに、俺はこのおっちゃんの相手に疲れとる。っちゅーか、このおっちゃんのテンションっちゅーか、性格っちゅーか、変なノリについていける奴が居ったら見てみたい。俺の(実際の)オトンも、この人には手ぇ焼いとるみたいやし、ここの“奥様”は長旅(と言う名の家出)中やし。まぁ、普段はオトンがこの人の相手やから、俺はたまに我慢すればえぇだけなんやけど。

「で、やってくれるん?」

今日俺が呼ばれたんは、この人のお喋り相手なんかやない。
急に顔を変えた“ご主人様”は、さっきまでの気持ち悪い顔は何処へやら、一変して“ご主人様”っちゅー呼び名に相応しい顔を向けた。普段からこないな感じやったらカッコえぇと思うんやけどな。と、毎度毎度思う。

「そんなん、断らせてくれないやないですか。」
「光くんかて断りたくないやろ?」
「っ!う、うるさいっすわ。」
「ふっ、くく……!光くんのそういうところ、好きやで。ほな、名無しさんのこと、よろしゅう。」

恥ずかしさとか悔しさとかそういうものが一気に込み上げてきて、それを隠すように「わかっとります。」と、背を向けると同時に返した。部屋を出てドアを閉めたと同時に聞こえてきた笑い声が、何故か無性に腹立つ。
兎に角、今日からは名無しさん“お嬢様”に付きっきりっちゅー面倒な仕事をせなあかんわけやけど、心なしかウキウキしとるのは、きっと“ご主人様”が思っとる通り。お嬢様としてではなく、一人の女として、俺は、あいつを。

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