曽良さんがずぶ濡れで宿に帰ってきた。此処に着いた途端、外に出ていったっきりどこに行ったのかさっぱり分からなかったのだ。雨が降ってきたものの私も芭蕉さんもただ帰りを待つしかなかった。



「どうしたの!?ちょ、熱があるじゃないか。寝なきゃダメだよ、曽良君。」


「大丈夫です。芭蕉さん、風邪が移りますよ。」


「ほら、寝て!」



慌てて敷かれた布団に仕方なく横になる。少しだるい。本当に風邪を引いたのだろう。
襖から少し覗く小さな影。やはり、近づいてくることはない。



「大丈夫…?」


「うん、大丈夫だから先に寝てて。私が看病するから」


「はい…。」



その姿が消える瞬間、目が合った気がした。未だ怯えが見え隠れするその目は直ぐに逸らされた。全く、誰の心配をして部屋に来たんだか。
落ち着いて寝られないだろうからと言って芭蕉さんは看病もそこそこに部屋から出ていった。珍しい。そんなことを考えている内に僕は眠りについていた。



そっと障子が開き、音もなく芭蕉さんは帰ってきた。しかし、人の気配と言うものは分かりやすく僕の頭は覚醒した。



「曽良君、起きてるんでしょ?」


「………。」


「まあいいや、聞いてよ。」


横にスッと師匠が座る気配がした。



「曽良君、少し無理してない?あの子と一緒に旅を始めてから余裕が消えちゃった気がするんだけど。気のせい?違うよね。今日だっていきなりいなくなって雨宿りもせずに突っ立ってたんでしょ?頭を冷やすにしても君らしくないやり方だ。」



延々と諭すように語られる。聞きたくない。今すぐ耳を塞ぎたかった。あの少女が如何に利口かなんて僕だって良く知ってますよ。この旅についてくるしか生きる方法はないことだって分かっています。



「ゆっくり考えてね、曽良君。」



そう言って再び芭蕉さんは出ていった。こういうときは鋭いんですよね。普段は全くの役立たずの癖に。でも、今回は…。僕がただ子供を連れ歩くのが気に入らないと思っているようですね。考えろ、ですか。
あの怯えた幼い顔が頭から離れない。僕にどうしろというんですか。そんな僕にはこれ以上考える事なんて出来ないんですよ、芭蕉さん。







冷雨沸騰
(また、熱が上がったようだ。)


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